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 忠犬ハチ公(1923~35)のふるさと秋田には「忠猫(ちゅうびょう)」もいた!? 自由気ままでマイペースなはずの猫がハチ公のように振る舞うはずはない……。だが、横手市平鹿(ひらか)町浅舞(あさまい)には忠義な猫をまつる神社があるという。一体、どんな猫だったのか。

 話は明治時代の中頃にさかのぼる。慈善家、伊勢多右衛門(たえもん)(1833~1914)は自らが暮らす邪防庵(じゃぼうあん)に養蚕と機織りを教える裁縫教授所を開いた。村内には慈善活動に用いる米蔵がいくつもあった。蓄えられた米は、一人暮らしの老人や病人、貧困者などの救済に使われた。凶作や疫病の流行など非常時のための備えにもなった。

 ところがあるとき、その米蔵に野ネズミが襲いかかった。憂える多右衛門の願いをくんだのか、その頃に活躍したのが1匹の猫だった。子猫のころに教師の一人が知り合いから譲り受けた、白まだらの雌猫だ。裁縫教授所で育った猫は、恩を返すかのように日夜ネズミ退治に明け暮れ、米を守った。

 多右衛門が私財を投じて建設中だった公園の用地でも、猫はネズミやヘビ、モグラなどを退治し続けた。猫のおかげか工事は順調に進み、公園は完成。浅舞公園と名付けられた現在もアヤメや梅、桜、松が植えられ、人々に憩いと安らぎを与える場となっている。

 害獣退治に奔走した猫は13歳で亡くなった。人間で言えば70歳くらいまで生きたことになる。多右衛門は「何という忠義者。忠猫大明神としてまつりたい」と公園内の塚に埋葬し、忠猫の碑を建てた。

 忠猫の碑は2016(平成28)年、猫の存在を世に広めようと有志がつくった「忠義な猫の会」によって浅舞八幡神社の境内に移設され、神社と資料館がオープンした。紙芝居制作や猫の健康祈願祭も行われ、動物愛護の啓蒙(けいもう)活動に一役買っている。

 忠犬ハチ公のように人に尽くす猫は存在した。いや、秋田にはハチ公が誕生する以前、すでに忠猫がいたことに注目したい。(探検家・髙橋大輔)

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 忠義な猫の会の本多和芳さんによれば、ペットブームで猫を飼う人が増え、浅舞八幡神社にも全国各地の愛猫家から御朱印やお守りについての問い合わせが相次いでいる。来年で創立10年を迎え、記念事業を検討中とのこと。

 JR横手駅より国道107号平鹿町浅舞方面へ約9キロ。車で約20分。忠猫の碑は神社の境内北側に立つ資料館内にある。開館10時~16時。問い合わせは浅舞八幡神社(0182・24・1606)。

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