部屋いっぱいの花は「罪滅ぼし」 3人の孫へ馳せる思い

大久保泰
[PR]

 一人暮らしの部屋いっぱいに、色とりどりの花を飾る。花瓶の横には、幼い孫娘たちの写真。

 「罪滅ぼしなんですよ」。岩手県陸前高田市の高台にある新しい家で、菅原真佐子さん(78)は言った。

 2011年3月11日。広田湾に近い自宅で激しい揺れに驚き、スリッパのまま庭に飛び出して座り込んだ。近くの畑に行っていた夫の芳一(よしかず)さん(当時68)は戻ってくるなり、「子どもたちを迎えに行ってくる」と車で出て行った。

【特集】海からみた被災地

 東日本大震災による津波は、陸地だけでなく海の中にも大きな被害をもたらした。大量のがれき、失われた漁場……。豊かな海はこの10年でどう変わったのか。水深35メートルまで潜ってみた。

 真佐子さんは近所の知り合いの車に乗せてもらい、孫の結恵(ゆえ)さん(同9)が通う高田小学校へ行った。だが、結恵さんはいなかった。芳一さんが連れて行ったと先生から聞いた。

 約1カ月後、芳一さんと結恵さん、近くの保育園に通っていた孫の嘉月(かづき)さん(同5)が遺体で見つかった。結恵さんの妹で、同じ保育園にいた優姫(ゆうひ)さん(同5)は今も行方不明だ。

 「きっと3人を車に乗せ、私が家に残っていると思って海側に向かったんじゃないか。子どもたちを助けてやれなかった」

 優姫さんはピアノを弾くのが好きだった。あの日の朝も曲を弾いて「どう?」と聞いてきた。真佐子さんは「天才!」とほめた。歯医者さんに優しくしてもらって、「お医者さんになる」と言っていた。

 姉の結恵さんはダンス&ボーカルユニット「EXILE」が好きで、「将来はダンサーになる」と踊って見せてくれた。陸前高田出身でプロ野球・千葉ロッテの佐々木朗希選手と同い年で、家族ぐるみのつきあいだった。佐々木選手の姿をテレビで見るたびに「もし生きていたら、こんな風に大きくなっていたのかな」と想像してしまう。そして、「孫たちの将来をなくしてしまった」と悔やむ。

 子どもを亡くした長女や長男の気持ちを思うと、申し訳なくて心がふさぎ、薬を飲む生活が続いた。そんな時、編み物を始めた。一針一針編んでいると、無心になれた。部屋には、パンダやネズミのぬいぐるみが並ぶ。必ず三つずつ作っている。

 部屋の花はきらさない。業者に週3回持ってきてもらい、いつも青い花が入るよう頼んでいる。春先に、孫たちが「おばあちゃん、これお土産」と道に咲くオオイヌノフグリを持ってきてくれたことがあった。きれいな青い花だった。

 真佐子さんは2人の弟も含め7人の身内を失った。今も海を見に行くことはない。芳一さんのことは思い出さないようにしている。後悔にたどりつくだけだからだ。

 10年は何の区切りにもならないが、「あと一歩だけ前に進もう」と思えるようになった。この春は、庭に花壇をつくって花を植えようと思っている。青い花は何にしようか。(大久保泰)