表情晴れない避難者 足りないのは寄り添う気持ちだった

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前田健汰
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 2011年3月11日、札幌市で2児を育てる横山芳江さん(53)は、小学校でPTAの会議に参加していた。天井の照明が揺れる程度で大きくない地震だと思っていたが、帰宅後にテレビの映像を見て事態の深刻さに気付いた。途中、画面に仙台市が映った。小さな頃から仲の良かったおじとおばが住む場所だった。

 2日ほど電話をかけ続けたが、つながらない。知り合いからは2人がその日、海岸沿いに行っていたようだと聞いた。生きていて欲しい、もうダメかもしれない。ぐるぐると感情が回り続け、収拾がつかなくなっていた。

 そんな時、小4の娘が心配そうに「私にできることある?」と声をかけてきた。母親として、情けない気持ちになった。「悲しんでばかりじゃダメだ。今できることをやらなきゃ」。心の中のスイッチが切り替わった音がした。

 震災から3日後の3月14日、娘ら4人と支援活動の団体を設立。早速、札幌市内で募金活動をした。26万円が集まり、日本赤十字社に託した。だが、その後も被災地の状況に変化は感じられなかった。あのお金はどうなったのだろう。

 札幌にも避難者がいて、自分も含め多くの人が支援の手をさしのべていた。でも、慣れない土地で暮らす人たちの表情は晴れない。それがずっと、心に引っかかっていた。それぞれに立場が違い、必要な支援の形も違う。共に生き、心に寄り添う活動が必要だと感じた。

 5月14日、宮城や福島などの避難者30人ほどを招いたコンサートを開いた。避難した人たちにいま必要なのは、ふるさとに思いをはせる時間ではないのか。そんな思いからだった。

 帰りたくても帰れないふるさとの話を聞かせてもらい、みんなで「ふるさと」を歌った。終演後「久しぶりにふるさとを思い出す時間をもらえた」と、感謝の言葉をかけられた。必要なのは支援ではなく、その人の気持ちに寄り添う「支縁」だ。横山さんは自分の活動をそう名付けた。

 横山さんが代表の市民団体「森の時間SNOW HOKKAIDO」は設立から10年間、休むことなく活動を続けてきた。「震災の時、もっとできたことがたくさんある。あとで悔しくならないようにと思っていたら、10年が過ぎていた」と話す。かつての避難者もメンバーに加わり、イベントなどを手伝っている。

 横山さんは防災士の資格を取得し、活動の幅も広がった。災害時に役立つロープやリュックなどを風呂敷で作る防災教室や、竹の中に柔らかな明かりをともす「竹あかり」で心を癒やしてもらう催しなど、他にはない活動を手がける。胆振東部地震では、ブラックアウトで信号のつかない横断歩道などに竹あかりを置いて回った。

 行方不明になったおじとおばは、今も見つかっていない。でも、2人に恥ずかしくない報告ができるようにと、この10年活動してきた。「一人一人に寄り添う活動はとても体力と根性が要るけど、『支縁』は絶対に必要なこと。形を決めず、できることをやり続けていきたい」

■取材後記 実を結んだ成果 …

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