「終戦の日に亡くなるとは」墜落零戦を操縦?遺族が判明

稲田博一
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 1945年8月15日の終戦の日に、連合軍機と戦って千葉県大多喜町泉水に墜落したとみられる零戦をめぐり、操縦士の可能性のある増岡寅雄一飛曹の遺族が確認された。6日、慰霊のため、同町などを訪れた。

 操縦士の可能性のある2人のうち、増岡一飛曹については遺族などの連絡先が不明だったが、妹の長男の藤田鉄平さん(68)=福岡市城南区=が、遺族を探していた同県睦沢町文化財審議会委員の幸治(こうじ)昌秀さん(77)に連絡をとり判明した。増岡一飛曹の父母兄弟はすでに亡くなっているという。

 藤田さんらはこの日、1月に発掘されたエンジンや機関銃が保管されている睦沢町立歴史民俗資料館を訪ねて、幸治さんらと懇談した。増岡一飛曹は熊本県出身で、遺族には「終戦の日に特別攻撃隊で飛び立って亡くなった」と伝わっていた。生前の増岡一飛曹を知る藤田さんの義理の姉は、「『G線上のアリア』が好きな、とっても頭のいい人でした。終戦の日に亡くなるとは。もったいないこと。そういう時代にしちゃいかんよ」と話しているという。

 その後、発掘現場や大多喜町の人たちが墜落した零戦の操縦士をまつった墓などを訪ねた。

 操縦士は増岡一飛曹か杉山光平上飛曹の2人に絞られている。人骨とみられるものも見つかっており、DNA検査で判定を進める。(稲田博一)