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日曜に想う 曽我豪編集委員

 度重なる災害で、試行錯誤により社会が得た体験と知恵をどう継いでゆくか。

 この1月まで日本災害復興学会長を務めた大矢根淳専修大教授は30年前の1991年、長崎県雲仙・普賢岳で起きた噴火災害の被災地に入った。今は58歳の災害社会学の権威も、当時は本格的な現地調査を初体験する慶応大学院生だった。

 東京で得た情報は役に立たない。火砕流により死者・行方不明者43人が出たうえ、噴火の終息が見えぬまま、避難生活は拡大・長期化し課題も変わる。食事供与や家賃補助など、制度を弾力運用した補償は創出されたが、命を守るための被害再発防止と生活や経済活動を立て直す復興との二兎(にと)を追わねばならない。

阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震から今日のコロナ禍まで問われる課題が既に雲仙にはありました。核となる2人の人物を追います。

 阪神・淡路大震災、東日本大震…

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