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 樹齢200年の大イチョウの近くに、人が集まっていた。

 仙台市の災害公営住宅の広場で、昨年11月にあった花植え会。東日本大震災の前からこの地域で暮らす町内会グループが談笑していた。約30メートル離れた場所で、門脇政子さん(78)と3人の男女がぽつんとプランターにパンジーを植え替えている。この災害公営住宅に入居する被災者たちだ。

 「あっちはあっちで、かなと思う。仲良くしたいけれど、しゃべったことない人も多いし」。門脇さんは声を落として言った。「あのごたごたがあってからは、町内会と入居者や入居者同士が分断されたような感じ。みんな苦労して、入ったんだけどねえ」

 ここは、東日本大震災で住まいを失った人向けに造られた3万戸の災害公営住宅のひとつ。88戸が入る集合住宅で、2015年に入居が始まった。長年過ごした持ち家や地域のつながりを失った宮城県の石巻市や女川町、福島県の南相馬市から、被災者がばらばらに集まってきた。

 「この町で誰もが『みんなお隣さん!!』でいられたら、心がもっと温まる」。入居から間もなく町内会が被災者とともに開いたイチョウ祭りを伝える会報にはこんな文字が躍る。大勢が笑顔でイチョウ前に集まる写真も添えられた。「復興住宅のリビング」と呼ばれる集会所で、健康運動やカラオケ、ひな祭りやクリスマス会といった催しが頻繁に開かれた。

 雲行きがあやしくなってきたのは16年秋だった。地元紙の記事が被災者の目にとまった。災害公営住宅で暮らす被災者や地域住民が開く交流の催しに県が補助金を出す、とあった。年間上限は150万円だった。

 催しの金銭負担が軽くなれば、交流はより活発になるのではないか。町内会との窓口を担ってきた、この災害公営住宅の世話人7人は「自分たちも申請できないか」と話し合った。だが調べると、すでに町内会を中心とした住民組織が申請して採択され、自分たちは申請できなくなっていた。

分かれた人々の反応、途絶えた入居者の交流

 「なぜ勝手に補助金を申請したのか」。17年4月、災害公営住宅の集会所で説明会が開かれた。出席した被災者14人には声を荒らげる人もいた。被災者のための補助金が事前の相談もなく、被災者と関係のない催しに使われているのではないか。不信が募っていた。

 町内会は、災害公営住宅を含め…

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