バイク出前途切れぬメンタイ弁当 日本の味、異国で開花

ジャカルタ=野上英文
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 「行きつけの焼き鳥屋が3月末に閉店する。食べおさめに行きませんか?」。インドネシアの首都ジャカルタで、駐在する日本人の友人から、こう誘われた。

 この国で新型コロナウイルスが初めて確認されてから1年。感染は収束の兆しが見えず、政府の行動制限が続いて、外食産業は大きなダメージを受けている。この焼き鳥屋もしかり。記者もこの間、外食の機会とともに、知り合いと顔を合わせる時間が極端に減った。

 インドネシアのホテル・レストラン協会によると、レストランの昨年の月間売り上げは、「コロナ以前」と比べて70%も減った。首都では昨年9月までに、約20万人の従業員が解雇された。

 そんななかジャカルタで、ある和食がちょっとしたブームだと耳にした。火付け役は和食が大好きな31歳の女性。4年前、冷蔵庫のあり合わせで使った朝食を夫から「売れる」と言われたのがきっかけだった。

 ジャカルタ南部の住宅街で戸建てを改装した料理販売店「By Anind」(アニン)を訪ねた。店の外に日本メーカーのバイクがずらりと並び、地元ではおなじみの緑色のジャンパーを羽織った宅配バイクのドライバーたちが、たむろしていた。

 「ここで待っていると、そのうち仕事がこれに入ってくるから」。そう言ってスマホを見せてくれた。

 インドネシアではバイク便を使った出前サービスの「GO―FOOD」(ゴーフード)と「GrabFood」(グラブフード)が、2015年ごろから浸透してきた。注文を受けたバイク運転手たちが店に出向いて受け取りから支払い、宅配までを担ってくれて、距離1キロあたりの配送料がおおむね4千ルピア(30円)程度だ。

 運転手たちは、「近くにいるバイク」として注文をキャッチすれば、あとは調理を待って運ぶだけ。このため人気店の前には、待機するバイクが多くなるというわけだ。

 「アニン」はこうしたオンライン注文による持ち帰り専門だ。店頭に立っていたのはイスラム教徒のヒジャブをかぶった女性1人だけで、タブレットとスマホで次々に入った注文をキッチンに伝え、宅配の運転手たちに手渡す。主にサービスに連動した電子決済だ。

 記者が訪ねた平日の昼下がりも、次々にバイクが出入りして注文が途切れず、現金を介したやりとりは一度もなかった。

食卓で1カ月半試行錯誤

 この店の看板商品は「Mentai Salmon」(メンタイ・サーモン)弁当だ。青のり入りのご飯かシラタキにサーモンを乗せ、独自に作った「メンタイマヨネーズ」を全面にかけてバーナーであぶる。価格は、ごはんが5万ルピア(約372円)で、シラタキが5万7千ルピア(約424円)。

 2019年は1日に200件、昨年はコロナ下でも1日に100件の注文を受け、1千万ルピア(約7万4千円)の安定した売り上げがあった。

 設立者でオーナーのフィトリア・アニンディタさん(31)は、ジャカルタで和食の料理学校に1年間通い、その後はインターナショナル校で料理を教えた。4歳に成長した長女の妊娠を機にフルタイムから退き、ある朝、夫インドラさん(31)の出勤前に食事を作ろうとした時のことだった。

 冷蔵庫を開けて、目についたサーモンにマヨネーズをかけて、ごはんと一緒に焼き上げた。インドラさんは一口食べると「これ、売りなよ」。アニンディタさんは「嫌だ。自信がない」と返したが、夫は「おいしいから、試して」とあきらめない。

 その声に背中を押され、アニンディタさんはレシピ作りを始めた。

 頭の片隅にあったのは、大学時代や新婚旅行で旅して口にした日本の味だった。和食は創作意欲を刺激する特別な存在だ。その魅力について「シンプルな素材なのに、調味料なしでも、とてもおいしく鮮度もある。無国籍料理としても作りかえやすく、インドネシア人の舌にも合う」と話した。

 料理本やネットでのレシピ、舌の記憶をたどりながら、食卓で試行錯誤を繰り返すこと1カ月半。日本で食べた明太マヨネーズの味を参考にして、トビコにチリソースなどを混ぜた独自の「メンタイマヨネーズ」味を完成させた。めんたいこの原料スケトウダラは高価なため、トビコで「メンタイ」に近い風味を出し、スパイシー好きな地元民の舌にも合わせた。

 記者も食べてみたが、日本の回転すしで食べるような、ふわふわのサーモンと「あぶりメンタイマヨ」の相性が良く、ご飯がすすんだ。一緒に取材した現地の男性スタッフは、私よりも早くペロリとたいらげた。

顧客の声、レシピに反映

 この食卓の味を改良した創作料理を看板メニューに、アニンディタさんは17年に近くの両親宅で、近隣住民からの注文を受ける形で販売を始めた。調理も会計も家族だけでこなしていた。

 転機は客の勧めで、出前サービスのゴーフードに出店したことだ。注文がすぐ急増し、宅配バイクが家の前に殺到した。「デモみたいに人であふれた。たまらず運営担当者に『ネットの店を閉めて下さい』と頼んだほど」と振り返る。

 その後、運営を見直しながら拡大して昨年はコロナ下でも4店舗を新たに出して、支店は計5店、従業員は40人に増えた。アニンディタさんはいま、調理はスタッフに任せて、自らは運営と新しいレシピの開発に専念している。

 「メンタイ」は、ブームとなり、首都ではその後、類似店が少なくとも10店以上生まれた。「本家」とされるアニンは19年、革新的な料理開発や首都圏のゴーフード契約店の中で大賞に選ばれた。また、コロナ禍の20年第2四半期には「グラブ」から、顧客が選ぶ人気店にも認定された。本店の事務所には、そのトロフィーや記念品が飾られていた。

 スマホを介した食事の宅配は、販売の促進だけでなく、顧客からのフィードバックの面でも役立っているという。

 「魚の小さい骨が入っていた」「届いたら半分、偏っていた。誰かが食べたのか?」「妊婦でも食べて安心?」……。そんな生の声をレシピや運営にすぐさま反映させていく。顧客が付ける5段階の点数評価とコメントは、売り上げを左右する存在であり、また、店を成長させる原動力でもある。

 アニンディタさんはその後、和風の焼きギョーザやホタテ焼きに「あぶりメンタイマヨ」の味付けをするなど、和食を軸に創作料理を作り続けている。最近は新メニューに「シラタキ・コーヒー」を加えて販売を始めた。「スマホとITのおかげで、私が考えた味をここまで広めてくれている。誇らしく、今後もどんな料理を作ろうとかと楽しみ」と目を輝かせた。

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 インドネシア政策研究所(CIPS)は、オンラインの出前サービスは、24年までに年間11・5%上昇すると見込む。「第2のアニンディタさん」が作った食卓の味を楽しめる機会はこの国で今後、ますます増えていくだろう。

 一方、レストラン協会のハリヤディ・スカムダニ会長はこうした傾向を「売り上げの足しにはなるが、レストランでの店内飲食には、食事の提供を超えた価値がある。顧客は家族や仲間とそこで過ごす時間を楽しみにしているはず」と話した。

 友人からの焼き鳥屋の誘いを振り返りながら、その思いにも深くうなずいた。(地球を食べる(ジャカルタ=野上英文