中国トップの視察分析 頻繁に「河川」へ、未訪問の地は

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北京=冨名腰隆
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 日本の26倍の面積に14億人が暮らす中国では、最高指導者がどの地に足を運ぶかが、政権の「関心事」の移り変わりを映す。長期政権を視野に入れる習近平(シーチンピン)国家主席共産党総書記)の地方視察の行き先を詳しく調べてみると、浮かんできたものは――。(北京=冨名腰隆)

春節前には決まった演出

 中国の為政者にとって、地方視察の意味は大きい。前漢時代(紀元前206~紀元8年)の歴史書「漢書」にはすでに、皇帝の地方訪問である「行幸(ぎょうこう)」に関する記述がいくつもある。祭祀(さいし)を行ったり褒章を与えたりすることで、自らが支配者であることを知らしめるためだ。長期政権を視野に権威を示すことが欠かせない現在の習氏にも通じる。

 習氏は今年、すでに2度の地方視察をこなした。

 1月18、19両日に訪れたのは、2022年北京冬季五輪パラリンピックの会場予定地だった。開催まで1年に迫る中、新型コロナウイルスの影響を懸念する声は中国にもあったが、トップ自ら視察することで内外の不安の払拭(ふっしょく)を図った。

 分厚いコートに帽子姿の習氏はスキーやスケートの会場を回り、代表選手や関係者を激励した。視察の6日後には国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長に「準備は整った。必ず予定通り開催し、五輪の成功を確実なものにする」と電話で報告した。

 2月3~5日には南部の貴州省を訪問した。毎年、春節(旧正月)を控えた時期に地方視察を行うことは胡錦濤(フーチンタオ)政権以降の恒例になっている。経済成長に伴う鉄道や高速道路などの交通網の発達が、国家指導者の地方視察を容易にした面もある。

 この時期の習氏の視察には決まった演出がある。庶民らと語らい、「親しみやすさ」をアピールすることだ。貴州でも、地元の庶民が利用するスーパーを訪れると「農産品は調達できているか」「物価は高くないか」と細かく聞き、少数民族・ミャオ族の村では、ちまき作りに加わった。

 貴州は1930年代、共産党軍が国民党軍の包囲から逃れて約1万2千キロを踏破した「長征」で、最も長く活動した地だ。毛沢東は貴州での「遵義会議」で指導権を確立した。このタイミングでの貴州訪問は、自身への権力集中をさらに強めるという政治メッセージにもなっている。

視察項目、どう変化

 12年に党総書記に就いて以…

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