震災の傷、孤児の自分と重なった サヘル・ローズさん

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聞き手・小島弘之、伊藤良渓
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 イラクとの戦争が続いたイランで、4歳の時に孤児となり、8歳で養母と来日した女優サヘル・ローズさん(35)は、東日本大震災の被災地に足を運び、残された方々を案じて祈りを捧げてきたといいます。「闇とともに生きて見えた真実や出会い」とは――。被災地への思いも含めて聞きました。

【特集】東日本大震災を語る

被災地の復興や支援、福島第1原発事故への対応など、様々な分野で思いを寄せる人たちにインタビューしました。

特集企画「生きる、未来へ」

3月11日、発生から10年となる東日本大震災。愛する人を失った悲しみ、住み慣れた土地に戻れない苦しさ……。さまざまな思いを抱え、歩んできた3家族を通して、被災地のこれまでを振り返る。

 10年前、発災1カ月後に行方不明者を含め、120人超が犠牲になった岩手県山田町に駆けつけ、炊き出しをしました。

 避難所から高台に住む高齢者に食料を運ぶ姉妹に出会いました。津波で両親を失って祖父母と避難していた。「私の部屋、ここよ」と教えてくれたのは、ぬいぐるみが泥の中に埋もれ、家の基礎がむき出しになった場所。姉妹は海の方向に視線を移し、「海がきらい」と言った。その険しい表情がずっと忘れられません。

 いとおしかった海が一瞬にして大切な人を奪った。わたしの喪失体験と重なり、他人事とは思えなかった。彼女たちがこれから向き合うであろう闇を思い、胸がしめつけられました。それからメールでやりとりが始まり、山田町に会いに行きました。

 「なぜ、自分が生き残ってしまったの?生き延びた自分には何ができるだろうか」

 奪われた命、見つかっていないご遺体。残された人は問い続ける。彼女たちも、私もそうでした。震災も戦争も、心に残す大きな傷を抱えて生きなければならないのはとてもよく似ています。

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1人で再訪した岩手県山田町。普段から風景にカメラを向けることが多い=サヘル・ローズさん提供

 イラン・イラク戦争が続いた後、4歳で孤児となり、施設で暮らしました。7歳の時に、テヘラン大の学生だった養母のフローラ・ジャスミンと養子縁組で親子になりました。

 35歳になった今でも、鏡に映った自分を見ることがつらいです。施設での記憶しかなく、生みの親やふるさとを知らない。人間には心のよりどころが必要なのだと身をもって感じています。

 数年前に、私がうまれたイラ…

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