寺山修司が「帰って来た」 美術家・小沢剛さんが作品に

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編集委員・大西若人
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 しょうゆによる絵画で東西の美術史を相対化する「醬油(しょうゆ)画」や、野菜で銃を作る「ベジタブル・ウェポン」など、さまざまなシリーズを手がけてきた美術家で、東京芸術大教授の小沢剛さん(55)。近年は、国境を超えて活動した近現代人の姿を、虚実をないまぜに絵画や映像で表す「帰って来た」シリーズに取り組んでいる。青森県弘前市の弘前れんが倉庫美術館では21日まで、新作を含む全5作を集めた「小沢剛展 オールリターン」が開催中だ(火曜休館)。

 シリーズ誕生のきっかけは東日本大震災だった。「震災のことで頭がいっぱいだった」小沢さんに、2013年に横浜で開催されるアフリカ開発会議に合わせた作品制作が依頼された。小沢さんは「アフリカに目線が行かないときに、福島出身でガーナで亡くなった野口英世を題材にできないかと考えた」と振り返る。

 「過去に対する僕らの認識は、日本からの視点だけになりがちだが、遠い国の人の視点を入れると深みが増す」と考え、リサーチに加え、現地の音楽家らにも参加してもらい映像を制作。絵画は、小沢さんのドローイングを元に現地の看板絵師らが描いたものだった。

 このスタイルで、以後、藤田嗣治岡倉天心らを取りあげ、新作は弘前生まれの劇作家・寺山修司を素材に。「帰って来たS.T.」と題し、青森県の地形を模した展示空間を仕立てた。寺山がイランの芸術祭に2度参加したことなどを踏まえ、映像にはイランのバンドや津軽三味線が登場。イランの画家による絵画8点で、虚構も交えて寺山の人生をたどる。

 展示された全作を見渡し小沢さんは、「新しいものの見方を提案できたかな」と話した。

 小沢さんのインタビューの詳細は次の通り。

 ――帰ってきたシリーズは、どういう着想から生まれたものですか。

 「第1作目の野口英世の時に、偶然生まれたようなものです。2012年ごろに、翌年、横浜で開かれるアフリカ開発会議に合わせて、『何かアフリカをテーマにした作品を』と依頼されたんですが、あの時は前年の東日本大震災のことで、頭がいっぱいで、遠いアフリカに目線がどうしても行かなかった。悩みに悩んで、そういえば野口英世は福島出身でガーナで亡くなった人だなっていうことに気づいて、題材にできないかと。そこから作品が生まれたんです。その時は、シリーズ化は考えていませんでした」

 ――野口英世の時から現地と…

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