江戸時代の三輪車を復元 高校生がホームセンター材料で

筒井次郎
【動画】自転車のルーツ「陸舟奔車」を高校生が復元=筒井次郎撮影
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 世界最初期の自転車ともいわれる江戸時代のペダル式三輪車「新製陸舟奔車(りくしゅうほんしゃ)」を、彦根総合高校(滋賀県彦根市)の3年生が復元した。発案者の彦根藩士、平石久平次(くへいじ)時光(1696~1771)が描いた設計図を元に、2カ月半かけて作った。卒業前の一大プロジェクト。動き出したきっかけはコロナ禍の影響だった。

 復元した陸舟奔車は全長2・2メートル、幅1メートル。本体はベニヤ板製で、舟の形をしている。前輪一つと後輪二つの三輪構造。後部に後輪を回転させるペダルがあり、本体中央のハンドルを握って立ってこぐ。

 ガタガタガタ……。

 2月、彦根総合高校の廊下で、製作の中心になった村西晃徳さん(18)が復元車のペダルをこぐと、音を立てながら、ゆっくり前進した。

 製作したのは村西さんや辰已(たつみ)龍之介さん(18)ら6人のグループ。「実はコロナ禍だからこそ実現したんです」。担当した熊谷貴文教諭(44)がそう話した。

 きっかけは、例年校外に出て地域の歴史文化を学ぶ課題研究の授業が、「密接を避ける」という理由でできなくなったことだ。

 昨年11月、熊谷教諭が生徒たちに提案したのが、陸舟奔車の模型製作だった。3年生は少し前、久平次の墓がある長松院(ちょうしょういん)(彦根市中央町)で座禅を体験。当時境内に展示されていた陸舟奔車の復元品を見学していた。

 すると、生徒から「せっかくだから人が乗れるモノを」と声が上がった。工作が得意な村西さんを中心に、取り組み始めた。

 「工業科じゃないのに乗り物を作れるわけがない」

 当初は乗り気ではなかったという村西さん。だが、熊谷教諭がホームセンターでベニヤ板や車輪、ボルトなどを買ってくると、作れそうな気がしてきた。

 久平次の「新製陸舟奔車之記」(市立図書館所蔵)を元に熊谷教諭が設計図を描き、生徒らは毎週金曜、放課後に居残りして製作した。

 原則はホームセンターで手に入るもので作ること。

 難航したのは、ハンドルで前輪の向きを変える仕組みだった。ハンドルと前輪の間を黄色と黒のトラロープや結束バンドでつないだが、伸びたりこすれたりで失敗。鉄製ワイヤを使うことでやっとうまくいった。

 推薦で進学が決まり、村西さんや辰已さんは冬休みも作業を続けた。最後の難関は後輪をこぐペダル部分。プラスチック製はすぐ壊れた。もう頑丈な鉄製しかない。村西さんが溶接経験のある父親から技術を習って鉄パイプをつないだ。

 1月下旬に完成。「彦総式新製陸舟奔車」と名付けた。

 高校最後の1年間は、コロナ禍で体育祭は中止、文化祭は縮小された。「ためたパワーを発散できる何かをさせてあげたかった」と熊谷教諭は話す。

 「高校の3年間で一番のプロジェクトを成し遂げた、そんな思いです」と村西さん。辰已さんも「もう一生ないかもしれないような体験でした」。

 今年は久平次の没後250年。復元車は2月に長松院に運ばれた。3月末まで、事前に連絡すれば見学や乗車体験ができる。問い合わせは長松院(0749・24・3225)。(筒井次郎)

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〈陸舟奔車と最古の二輪の自転車〉 自転車研究家の梶原利夫さんによると、彦根藩士・平石久平次時光は1732(享保17)年、「新製陸舟奔車之記」を記した。実際に製作し、走行にも成功したが、現存はしていない。久平次は学術に優れ、天文学を学び、天文図を描いたという。

 通説では、最古の二輪の自転車はドイツで1817年ごろに発明された「ドライジーネ」。ペダルはなく、またがったまま地面を蹴って進んだ。