ヒマワリが紡いだ縁 震災風化せず、故郷離れたからこそ

小西良昭
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 福島県内で10年前に東日本大震災に遭った少年が、4月から京都府宇治市の整骨院で鍼灸(しんきゅう)師として働き始める。京都に根付くきっかけは、ヒマワリの種だった。

 折笠蓮(おりかされん)さん(21)は、福島県内陸部の会津若松市出身。あの日は小学校を早退して、自宅で被災した。強く長い揺れで食器が割れるなどしたなか、テレビや家具を母親や兄弟と一緒に必死に押さえたという。

 その後、地元の高校を卒業してから、京都へ。学校の陸上部で痛めた足を治してもらった経験から、鍼灸・マッサージの仕事を目指し、京都市東山区の専門学校に進んだのだ。3年間学んで必要な資格を取り、4月からは宇治市の「のぞみ鍼灸整骨院」に入社する。

 故郷でなく京都を選んだのは、父親が震災の2カ月後に福島の若手経営者らと一緒に始めた「福島ひまわり里親プロジェクト」の縁のおかげだ。

 このプロジェクトは、ヒマワリの種を賛同者に買ってもらい、咲かせて増えた種を福島に届けるというもの。そうやって増えていく種は福島で咲かせて観光資源になり、燃料になる。福島に来なくても復興を後押しできる取り組みで、賛同者は全国に広がっている。

 当初からの賛同者の一人が、同整骨院の小川由智(よしとも)統括本部長(40)。「ヒマワリ栽培は復興支援の入り口になる」として患者の畑を使わせてもらい、同僚らとヒマワリを育ててきた。折笠さんの将来の夢を知って、京都の学校も紹介。整骨院の居住スペースと受付補助のアルバイトも用意して、応援してきた。今後も一緒に働けることを喜び、「折笠君が語れることがある」と期待している。

 折笠さんは、父親の影響で、福島にいたころに同プロジェクトの運営にかかわったが、ヒマワリ栽培は宇治市に来てからが初めて。勉強をしながら、昨年はみんなで9キロの種を収穫。色んな人の思いも知った。

 いま思うのは「全国の方々が10年間、支援し続けてくれているすごさ」。そして「(東北に残っていたら)自分の中で震災は風化したかもしれない」ということだ。宇治でヒマワリを栽培するから、震災の経験を忘れず、古里に貢献できるうれしさをより強く感じるのだという。

 これから鍼灸師としての経験を宇治で積み重ねながら、「福島出身の自分ができること、伝えられることを増やしていきたい」と話している。(小西良昭)