「病名のレッテル貼らない」 被災地で症状見るだけでは

構成・水戸部六美
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 東日本大震災では、多くの被災者が津波のトラウマや故郷を失った悲しみなど、心に傷を負いました。あれから10年、被災地の心の問題はどう変わってきたのでしょうか。また、そこからみえる教訓とは? 福島県精神科認定看護師、米倉一磨さんに話を聞きました。

拡大する写真・図版「相馬広域こころのケアセンターなごみ」の米倉一磨・センター長=本人提供

 原発事故による避難で、精神科病院が一時的にすべて閉鎖になった福島県相双地区で、精神障害者や被災者の心のケアに当たってきました。

 震災直後、精神障害がある人たちは通院・入院先を失い、地域に取り残されました。変化に敏感な人も多く、薬の流通が滞ったことで、効能が変わらないジェネリック(後発薬)への切り替えさえもストレスで、病状が悪化することがありました。

 一般の被災者も、津波や原発事故のトラウマを抱え、精神的ストレス生活習慣病の悪化といった身体症状となって表れていました。ところが、多くの人がそれを自覚しておらず、自覚しても専門家への相談などをしていませんでした。根底には、津波で家族を失うなど、自分より大変な被災者を想定して我慢する「他人よりはまし、頼るは恥」という考えがあったように思います。

 また医療者側も不眠や血圧上昇など「症状」にばかり目がいき、根本原因に対処できていませんでした。それに気づかされたのは、アルコール依存症の男性被災者との出会いです。不眠のために処方された睡眠薬と強い向精神薬を酒と一緒にのんで動けなくなり、40代にして腰に10センチ四方の褥瘡(じょくそう)ができていました。

 アルコール依存症の人に、いくらお酒をやめるよう言っても、平行線をたどるだけです。そこで男性が酒をのむ背景にある「孤独感」を軽減するよう関わりました。スタッフが一緒に買い物に出かけたり、焼き肉をしたりするうち、男性の状態はみるみる改善していきました。以来、被災地の心のケアでは、「病名のレッテルを貼らない」「生活全般の支援」ということを心がけています。

 震災から10年経って浮かびあがる支援ニーズは、場所は復興公営住宅であったりはしますが、「ひきこもり」や「親なき後の障害者の問題」など、日本中どこにでもある課題です。

 それを踏まえると、心のケアで重要なのは、有事の専門家による「対応」より、平時の地域での「予防」ではないかと感じます。つまり「地域で互いに頼りあえる関係性」と「心の問題に、ある程度、自分で気づき、誰かに相談するなど対応できる力」の構築です。そのために、孤立しがちな男性高齢者が一緒に料理し食事をする「男性のつどい」を定期的に開き、高校生向けのアルコール依存症の啓発講義なども始めています。(構成・水戸部六美)

 よねくら・かずま 1973年、福島県南相馬市生まれ。同県立医科大学大学院看護学研究科修了。東日本大震災をきっかけに設立されたNPO法人「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」の「相馬広域こころのケアセンターなごみ」センター長。精神科認定看護師。