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犠牲者を家族のもとへ 被災地の歯科医の願い

構成・南宏美
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 東日本大震災では歯科医たちが犠牲者の身元確認に尽力しました。岩手県釜石市の歯科医、佐々木憲一郎さん(53)は、今後も起きうる大規模災害で、「家族のもとに帰れない人をなくすための仕組みづくりが必要」と訴えます。

復興の完遂とは

 震災では、亡くなった50~60人の身元確認に協力しました。遺体が損傷し顔がわからなくても、歯の治療歴を照合できればかなり高い精度で身元を特定できます。

 私の歯科医院も津波の被害を受けましたが、海水をかぶったレントゲン(X線)などの電子データを復旧でき、紙のカルテは1枚1枚、被災者でもあるスタッフと一緒に泥を落としました。これらの資料と、遺体の歯の情報をもとに身元を特定しました。身元不明のまま火葬されるのではなく、せめて遺族が最後のお別れをできるようにという思いで必死でした。

 政治家や首長らは「復興の完遂」を掲げますが、復興の完遂とは何でしょうか。「髪の毛1本でもいいから帰ってきてほしい」と願って、行方不明の家族を捜し続けている人がいます。「10年」は節目かもしれませんが、家族を捜し続ける人の存在を忘れないでほしい。そういう人がいる限り復興は完遂しません。

 東日本大震災の後も災害は日本各地で起き、これからも起きるでしょう。災害時、家族のもとに帰れない人をなくすための備えや仕組みが必要です。

 震災後に同じ場所で歯科医院を再建したのを機に、電子カルテのバックアップデータを遠隔地のサーバーに保存することにしました。ただ、レントゲンなどの画像データは容量が大きく、バックアップ費用が高いので、遠隔地のサーバーには保存できていません。何か起きれば私は一番にデータの入ったハードディスクを持って逃げなければなりません。

 非常時の身元確認を迅速に進めるという観点からは、個人が同意すれば医療情報をまとめてバックアップ保存し、全国どこからでも情報を取り出せる仕組みがほしいです。

被災者の健康を守りたい

 医療費の減免制度についても心配です。対象は徐々に縮小されています。被災者の多くは住宅や仕事の再建のため、本来なら負うはずがなかった借金を抱えています。すでに娯楽費も食費もきりつめて生活をしている人たちです。窓口負担の減免がなくなれば、うちの患者さんの3割ほどは通院をやめるでしょう。

 例えば、薬をのまなければ脳梗塞(こうそく)による命の危険や麻痺(まひ)などのリスクが高まるのとは違い、歯科医院に通わなくても死ぬことはありません。しかし、虫歯や歯周病が進んで歯を失ったり、義歯などのメンテナンスをしなかったりしてかめなくなると、低栄養や筋力低下、寝たきりにつながる恐れがあります。

 少なくとも住民税の非課税世帯や、被災によって二重ローンを抱えている人を対象に医療費の減免を続けてほしい。ぎりぎりの生活をしている被災者の健康を守るため必要な政策です。(構成・南宏美)

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ささき・けんいちろう 1967年、岩手県釜石市生まれ。岩手医大歯学部卒。2000年に釜石市の鵜住居(うのすまい)地区に「ささき歯科医院」を開業。被災後、11年9月に同じ場所で歯科医院を再建した。「鵜住居地区復興まちづくり協議会」会長。