被災地360キロ、歩いて刻む記憶 古川日出男さん寄稿

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 福島県郡山市生まれの小説家・古川日出男さんが、東日本大震災から10年を前に、被災地360キロを歩く旅に出た。体験をつづったルポ『ゼロエフ』(講談社)を発表し、いま何を思うのか。寄稿してもらった。

 ふるかわ・ひでお 1966年生まれ。東日本大震災から4カ月後に震災と原発事故を踏まえた『馬たちよ、それでも光は無垢で』を出版。今月、被災地360キロを歩いたルポ『ゼロエフ』(講談社)を刊行した。

 この何週間か、誰もが十年前の悲劇を思い出そうとしているように感じる。だけれども、私たちは当然のように去年よりも今年のことを、昨日よりも今日のことを意識の中心に置いていて、そして明日のことや来年のことを考えるために、なかば引き換えにするように、一昨日の誰かとの会話を忘れ、一昨年のどこか日本の遠いところでの出来事を忘れる。それを私は非難すべきだとは決して思わない。

 去年の七月二十四日は「スポーツの日」という祝日だった。その前日から私は郷里の福島県内を歩いていた。歩行開始の六日め、つまり七月の二十八日に東北地方は大雨に襲われた。私はポンチョを着て、下にも防水のパンツを着用していたのだが、それでも歩いているとびしょ濡(ぬ)れになった。が、この大雨は幸いなことに人的被害を出さず、だから人びとの記憶からはあっさり忘れ去られた。私はといえば、リュックに収納した取材ノートまで濡れてしまった体験から、忘れようにも忘れられないでいる。その取材ノートの紙を一枚一枚、泊まったホテルの部屋でドライヤーを用いて乾かしたのだった。

 前述した「スポーツの日」と…

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