被災時「コンビニ店主の奮闘」どこまで インフラの使命

中島嘉克
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 東日本大震災をきっかけに、コンビニは「社会インフラ」としての存在感を高め、出店競争を続けた。あれから10年。人口の減少を背景に店主らの働く環境が社会問題になり、大量出店や24時間営業の見直しが進みつつある。コンビニの役割は、どこまでなのか。

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津波にあい、がれきに埋もれるローソン店=2011年3月、岩手県陸前高田市、ローソン本部提供

 あの日の津波は、仙台湾から2キロほど陸に入ったコンビニも襲った。宮城県南部の山元町にある「ローソン亘理山元店」は、腰の高さまで浸水した。

 「まさか、ここまで津波が来るなんて」。店主の遊佐宗之さん(54)は、店の2階にある事務所に駆け上がった。従業員や客らも一緒だった。

 水が引いた後の店に下りると、泥だらけ。周辺の道路も通信網も絶たれ、ローソン本部の社員とは連絡が取れない。自らの判断で、近くの避難所に商品の一部を寄付した。

 翌朝からは、停電したまま営業を再開した。被災者がやってきて、泥の中のペットボトル飲料を求めた。「店を開けることで助けられる人が、目の前にいた。とにかく店を開けないとだめだと思った」

 本部社員と連絡が取れたのは3日後だ。各地から応援にかけつけてくれた。本部の支援で仮設トイレが設けられ、水やカップ麺といった商品も届くようになった。

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ローソン亘理山元店店主の遊佐宗之さんが東日本大震災の津波を振り返り、「このあたりまで水が来た」=2021年3月5日、宮城県山元町、中島嘉克撮影

 セブン―イレブンとファミリーマートを加えた大手3社では、東北を中心に合計1200超の店が一時休業したが、遊佐さんのような店主が各地で奮闘。首都圏でも、帰宅が難しくなった人に水道水やトイレなどを提供した。

 一方で、命を落としたり行方不明になったりした店主や従業員は、セブンとローソンだけで約30人にのぼった。

 ローソンの竹増貞信社長は今月6日、宮城県気仙沼市を訪ね、店主の墓前で手を合わせた。竹増氏は「オーナーさんをお店で亡くすという経験は3・11が初めてだった。安全がないところにインフラも何もない。想定以上の安全を確保しなければいけない」と話した。

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東日本大震災で犠牲になった店主の墓参りをするローソンの竹増貞信社長(手前)=2021年3月6日、宮城県気仙沼市、中島嘉克撮影

 震災を踏まえて、セブンとファミマは店用の災害時マニュアルを新たにつくった。ローソン防災訓練を強化した。

 大手3社は2017年、災害対策基本法に基づく「指定公共機関」に指定された。被災地に物資を運ぶトラックは、通行規制中の道路でも走れるようになった。

 災害時にも大きな役割を果たしたい各社の本部と、時に危険にも向き合う現場との間には溝も生じた。

 18年2月には、豪雪に見舞われた福井県のセブン店主が店を閉めたいと本部側に何度も打診したが、認められなかった。セブン本部はその後、謝罪した。

 翌19年2月には、24時間営業の転機となる出来事があった。

 大阪府東大阪市のセブン店主が、本部の反対を振り切って営業時間を短縮。人手の不足を背景にした店主の厳しい労働状況が浮き彫りになり、各社の本部への批判が強まった。

 経済産業省の検討会は、コンビニの社会インフラとしての役割に言及。その上で「個々の頑張りに依存しない体制を構築することが肝要」と指摘した。

 各社は、脱24時間の容認や大量出店の見直しへ、かじを切りつつある。中堅も含めた全国のコンビニは、震災時から3割ほど増えたあたりで頭打ちになった。

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 19年秋の台風19号の際にセブンが4千店以上を計画的に休業するなど、現場の安全を優先する姿勢を各社ともみせている。

 一方、人件費や食品廃棄の負担の大半を店主に負わせるフランチャイズ契約について、大手3社に見直す予定はない。24時間営業をどこまで維持するかをめぐっては温度差もあり、本部と店主の摩擦は解消してはいない。

 コンビニ業界に詳しい早稲田大学名誉教授の川邉(かわべ)信雄氏は「コンビニは小回りが利き、店舗網も圧倒的。災害時に替わりうる存在はほかにない」と指摘。その上で、有効に機能する条件として「店と本部、行政の連携」を挙げる。

 「加盟店と本部にあつれきが生じるようでは、災害時の連携も難しい。日ごろから直面する問題を解決しておく必要がある」(中島嘉克)