行方不明の夫、捜せなくてごめんね 避難所で奮闘した妻

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星乃勇介
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 10年前のあの日、気仙沼市民会館(宮城県気仙沼市)は約700人の避難者であふれかえっていた。津波をかぶってずぶぬれの人、低体温症で震えが止まらない人……。館長だった松下尚子(たかこ)さん(75)は、5人の職員と対応に追われた。夫は津波で行方不明になったが、目の前の人を放り出すわけにはいかない。ただ胸の内で無事を祈るしかなかった。

 「夜、横になると『たぶん生きていない』と思ってしまう。しかし周囲に人がいる。泣くにも泣けない。声を殺して我慢すると、翌日頭痛。そんな日々でした」

 夫の毅宏さん(当時67)の遺影が置かれた気仙沼市内の自宅で、松下さんはぽつぽつと当時の心境を語り出した。

 専業主婦だったが、PTA役員をやっていたことなどが縁で還暦前後、気仙沼市民会館の館長になった。会館は気仙沼湾に面した魚市場から徒歩10分。標高約30メートルの高台にある。当日は揺れを感じて、毅宏さんの運転する車で会館に向かった。

 すでに避難者がやってきていた。はだしで逃げてくる人も多く、50足入りのスリッパの箱はすぐ空になり、備蓄していた何十枚ものタオルがあっという間に消えた。低体温症でガタガタ震える人を机に寝かせたが、揺れで手当てができない。全身で押さえ込んだ。

「車に水が」途切れた電話

 その頃、毅宏さんは孫を迎えに行くため、長女と一緒に眼下の市街地へ車を走らせ、渋滞につかまっていた。

 「走るのと車とどちらが速いか競走しよう」

 毅宏さんはいつも通りの明る…

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