「命について考えた10年」 被災地、復興照らす日の出

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 2万2千人を超える死者・行方不明者を出した東日本大震災から10年を迎えた。11日朝、穏やかな海から昇った朝日が、復興をめざすまちを照らした。喪失の痛みと向き合い、大切な人を思い浮かべながら、各地で追悼の祈りが捧げられた。

 今月末に開園する宮城県石巻市の石巻南浜津波復興祈念公園では、命を落とした市民ら3695人の名前を刻んだ慰霊碑の除幕式があった。長さ約34メートル、高さ約1メートルの黒御影石製。金属のプレートに一人ひとりの名前が刻印されている。

 祖母とおじを亡くした石巻市のパート黒沢ひとみさん(29)は、震災の4カ月後に生まれた長男(9)と公園を訪れた。「名前が刻まれればここにいたよ、ということが残る」とほほえんだ。「震災も出産もあり、命について考えた10年間だった。4人の子どもが生まれるたびに、亡くなった2人が夢に出てきて見守ってくれる。家族の悲しみは癒えてないけれど、残されたみんなで支え合っていきたい」と話した。

 岩手県大槌町の越田聖一さん(69)は、海が見える丘に立つ弟の冨士夫さん(当時57)の墓前に花をたむけた。消防団員だった冨士夫さんは、半鐘を鳴らして避難を呼びかけ続け、津波にのまれた。

 「おかげで助かった」と感謝する住民には「誇りに思う」と越田さんは答えている。だが、「遺体に向かって『何で逃げなかったんだ』と怒鳴ったんだ」と打ち明けた。「本心は避難してほしかった。ふー(冨士夫さん)のような犠牲者が二度と出ちゃだめだ」

 戻らぬ人を捜す人たちの姿もあった。福島県浪江町の海岸では午前11時、県警と消防などによる行方不明者の捜索が始まった。町では151人が亡くなり、今も31人が不明のままだ。流木が積み上がった砂浜を重機や熊手で掘り起こし、手がかりを探した。和田薫・県警本部長は「家族や関係者の思いを胸に、一人でも多くの不明者や手がかりを発見したい」。