第3回消防ホースを命綱に 孤立した小学校から零下の避難

有料会員記事

西畑志朗
[PR]

 東日本大震災から10年がたちました。発生直後から現地で取材したフォトグラファーたちは何を思い、ファインダー越しに被災地をどう見つめていたのか。「あの日の写真」を振り返ります。

写真・図版
震災翌日、孤立していた荒浜小(写真奥)から避難する人たち。消防ホースにつかまり、水とがれきが残る中を歩いた=2011年3月12日午後、仙台市若林区、西畑志朗撮影

ポッドキャストでは、西畑志朗記者が震災発生直後を振り返ります。

Apple Podcasts や Spotify ではポッドキャストを毎日配信しています。音声プレーヤー右上の「i」の右にあるボタン(購読)でリンクが表示されます。

 東京・築地にある朝日新聞本社を飛び出し、ヘリコプターで福島空港へ。タクシーに乗り換えて仙台市若林区に着いたのは、3月12日未明だった。停電で周囲は暗闇に包まれている。タクシーの中でラジオのニュースを聞きながら、朝を待った。

 同区の荒浜は仙台市の中心部から東へ10キロほど離れた太平洋に面した地区だ。津波に襲われたこの地区では、多くの犠牲者が出ているとの情報が駆け巡っていた。

 日が昇ってから海岸をめざしたものの、泥とがれきで覆われた道が行く手を阻む。海に近い一帯は海水につかり、湖のようになっていた。

 少し先に、水の中にぽつんと…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。