津波にのまれた親子、傷のない赤ちゃん 検視官は涙した

植松敬
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 東日本大震災で1万5千人を超える死者の死因や身元を調べ、遺族に引き渡す役割を担ったのが、全国から派遣された警察官たちだった。静岡県警捜査1課の山下安則・統括検視官(57)もその一人。2011年の3月に福島県相馬市、同年5月に南相馬市へ約1週間ずつ派遣され、津波にのまれた遺体に向き合った。

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 3月の派遣では遺体安置所となった工場で検視にあたった。遺体の写真を撮り、津波で泥まみれになった体を洗い流す。全身の傷を細かく確認し、持ち物や体の特徴、指紋やDNA型、歯形なども記録。医師から災害死と確認してもらい、遺体を棺に納めた。

 工場内には遺体と対面した遺族が号泣する声が響きわたる。その中で黙々と作業を続けた。少しの無駄話も、笑顔を見せることも許されない。緊張が続いた。担当する遺体の前では必ず手を合わせ、黙禱(もくとう)をささげた。

 ある日、生後数カ月の赤ちゃんの遺体が運ばれてきた。遺体にはほとんど傷がなかった。「皮膚が弱い赤ちゃんがなぜ……」。不思議に思った。数時間後に運ばれてきた若い女性は、赤ちゃんを抱きかかえる姿勢で硬直していた。2人は親子だった。「津波にのまれても最後の最後まで子どもを守ろうとしたのか」。母親の気持ちを思うと涙が止まらなかった。

 派遣期間中、南相馬市で津波被害に遭った海岸部にも足を運んだ。平地にぽつん、ぽつんと柱だけが立っていた。「元の姿が想像できなかった」。被災前の様子を航空写真で見てあぜんとした。一帯の建物がまるごと消えていた。「これがこれから静岡でも起きることなのか」

 被災地で抱いた危機感は今も残る。警察官や自治体職員、医療関係者の前で講演する機会が多く、南海トラフ地震に備え、事前準備の重要性を訴えてきた。検視に必要な資機材の準備や遺体安置所の確保、人員確保は欠かせない。「災害には想定外がつきまとう。関係機関、県民も一丸になって立ち向かわなければならない」と話す。

 これまでの経験から、被災地では遺体の取り扱いや治安確保など警察の役割の重要さも実感してきた。その上で、若い警察官にはこう伝える。「警察が本当に必要とされる場面で自分の命がなければ何もできない。だからこそ、いざというときに逃げる勇気を持ってほしい」(植松敬)

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 阪神淡路大震災東日本大震災では、検視に必要なビニールシートや消毒液といった資機材の不足、想定していた遺体安置所の被災による別の施設の確保など、遺体を扱う上での課題が浮き彫りになった。過去の教訓から全国的に防災計画の見直しが進み、静岡県は2016年4月に「遺体措置計画策定の手引」を改訂した。

 手引では、県内の市町に対し、遺体搬送や検視に必要な資機材の調達と保管を求め、事前に地元警察署と協議して遺体安置所となる施設を選ぶことを要望。耐震性があり、想定浸水域外に位置する施設を選ぶことや、万が一被災した場合の代替施設の選定も必要としている。

 ただ、遺体安置所の選定は市町によって進み具合が異なる。県危機政策課のまとめ(昨年4月1日時点)によると、県内では3市町で遺体安置所が決まっていない。大規模施設は避難所との重複を避ける必要があり、想定していた施設の耐震性が不十分というケースがあるなど、今後の課題になっている。

 一方、県の手引きには警察や医師、消防や葬祭業者と連携した防災訓練の実施についての記載もある。県が毎年実施する総合防災訓練では、遺体の検視や身元の特定、遺族への引きわたしを想定した訓練を行い、最悪の事態に備えた準備を進めている。