第7回線路の「道」歩くしかなかった がれきの街の兄妹

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矢木隆晴
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 東日本大震災から10年がたちました。発生直後から現地で取材したフォトグラファーたちは何を思い、ファインダー越しに被災地をどう見つめていたのか。「あの日の写真」を振り返ります。

拡大する写真・図版JRの線路でひと休みする小学校4年生と1年生の兄妹。当時は道が冠水していて歩きにくく、線路上を多くの人が移動していた=2011年3月15日午前、宮城県石巻市、矢木隆晴撮影

 震災当日は宿直勤務明けで、大阪・中之島の大阪本社にいた。夕刊の仕事が終わり、そろそろ家に帰ろうかと思っていた矢先の3月11日午後2時46分、ぐぐぐっと足元に震動を感じた。ビルがきしむような音がした。

 テレビの速報を見ると、震源地は東北の沖。遠く離れた大阪なのに、大きな揺れを感じた。震源地に近い東北はどうなっているのか。一気に緊張感が高まった時、デスクに「すぐに東北に行ってくれ」と言われた。

 大阪・伊丹空港で朝日新聞社…

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