認知症の母とがんの父 介護を担う兄の死で迫られた選択

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熊井洋美

拡大する写真・図版後藤冨美子さん(左)を診察する関根俊二医師=2020年12月、福島県二本松市

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 「鼻からゆっくりチューブを入れてあげて。ちょっと嫌がるかもしれないけれど」

 昨年12月。福島県二本松市の住宅で、後藤(ごとう)冨美子(ふみこ)さん(86)が浪江町の仮設津島診療所の関根俊二(せきねしゅんじ)医師(78)に月に1度の訪問診療を受けていた。長女の石崎浩子(いしざきひろこ)さん(60)は、冨美子さんのたんを取るときの助言をもらった。

 冨美子さんは認知症が悪化し、意思疎通が難しい状態だ。一昨年には胃に穴を開けてチューブをつなぎ栄養を入れる「胃ろう」を造設。最近は、夜中にむせ込み、のどにたんが詰まっているのが浩子さんは気になっていた。

 傍らでは、冨美子さんの夫、登(のぼる)さん(88)がその様子をじっと見守っていた。

 牛を飼い、米作りや畑仕事に精を出していた登さんと冨美子さんは、2011年3月11日の東日本大震災を契機に起きた東京電力福島第一原発事故で、浪江町津島地区の家に戻れなくなった。原発から約30キロ離れた山がちな地区の川沿いにある家は、いまも放射線量が高く、国の避難指示は解除されていない。

 事故が起きた後、連絡手段を持たず、車の運転もできない登さんと冨美子さんは、そのまま自宅で過ごし、牛の世話をしていた。

 当時、浩子さんと夫の秀記(…

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