「非当事者」に震災語る資格は 現地で気づかされたこと

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聞き手・藤田さつき 聞き手・湯地正裕 聞き手・高久潤
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 誰が「当事者」なのか――。東北に甚大な被害が集中した一方、日本社会全体を揺さぶった東日本大震災は、この問いを私たちにかつてなく突きつけました。被災地の内や外で問いに向き合ってきた若者たちは、10年経ったいま、何を思うのでしょうか。

大橋悠太さん(アートユニット「QoiQoi」共同代表)

 1994年生まれ。吉次匠生さんとユニットを結成し、演出と俳優を担当。「Scrap and…?」は今春オンライン配信を目指している。

 震災の被害に遭っていない「非当事者」の僕らに、震災を語る資格はあるんだろうか――。心に引っかかっていた疑問に向き合うため、吉次匠生(よしつぎしょうい)と僕のアートユニット「Qo(コ)i(イ)Qo(コ)i(イ)」は、福島を舞台にした演劇「Scrap and…?」を作りました。

 10年前、高校1年生だった僕は埼玉で地震を経験しました。職員室のテレビに畑をのみ込む黒い津波が映し出され、祖母の住む福島が心配だったけれど、僕は何もできなかった。自分は被災地に求められているのか。ボランティアに2、3回行くだけじゃ自己満足で終わるだろう。そう自分に言い聞かせて。でも学校が再開するとそんな思いも薄れ、日常に引き戻されていきました。

 大学には被災地出身の学生が何人かいました。震災の話題が出た時、「どれぐらい揺れた? 避難した?」と差し障りのなさそうなことをしゃべっても、その先を聞けませんでした。傷つけてはいけないと思ったのか、あの時何もできなかった後ろめたさからか。

 2019年、ユニットを立ち上げた僕らは、福島第一原発から20キロ圏内の福島県大熊町、浪江町、南相馬市に行きました。「記憶」がテーマの作品をつくっていた時、福岡出身の吉次も震災について「語りづらさ」を感じていたと分かったからです。作品づくりの中でなら、被災地を見て話を聞けるかもしれないと考えました。

 でも僕らの想定は間違っていた。現地で気づかされました。

震災の「当事者」は誰なのか。そもそも「当事者」とは何なのか。大橋さんのほか、福島県南相馬市で被災した山崎泰晴さん、震災後に岩手県大槌町で小中学生に音楽を教えている桜井うららさんが語ります。

 むしろ「当事者」が、語りづ…

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