ドリトル先生の新物語 生物学者・福岡伸一さんが連載で

興野優平
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 生物学者の福岡伸一さん(61)による新しい連載小説が4月1日から朝日新聞で始まります。その名も「福岡伸一の新・ドリトル先生物語 ドリトル先生ガラパゴスを救う」。児童文学の古典的名作「ドリトル先生物語」シリーズのファンとして知られ、「ドリトル先生航海記」の新訳も手がけた福岡さん。なぜいま、新聞連載でドリトル先生なのでしょうか。

内気な昆虫少年に学びの扉を広げたドリトル先生

 「人間の友だちがいない」という内気な昆虫少年が、図書館で偶然手に取ったのが「ドリトル先生航海記」だった。福岡伸一さんは「物語の世界に吸い込まれた」と小学生時代のドリトル先生との出会いを振り返る。

 オウムのポリネシアや犬のジップをはじめとする様々な動物たちとドリトル先生は言葉を交わす。物語の語り手を務める貧しい靴屋の息子トミー・スタビンズに対しても、先生は、他の人のように「トミー」「坊や」とは呼ばず、初対面の時から「スタビンズくん」と敬称をつける。

 「ドリトル先生は、生きとし生けるすべての生物に対して公平(フェア)な人。それでいて世界の広がりや豊かさを教えてくれる大人として描かれている。学びの扉がそこから開かれるという、すてきな構図になっている」

 ヒュー・ロフティングが生み出した、ドリトル先生とスタビンズくんという魅力的な登場人物を借りながら、新聞連載では、ガラパゴス諸島へと向かう新たな冒険譚(たん)を作り上げる。

 時代は19世紀前半。当然飛行機はなく、船でさえ何年もかかるガラパゴスへ、いかに行き、帰るのか。発想の奇想天外さは本家の持ち味を受け継ぐ一方、スタビンズくんが自然科学を学ぶ成長物語にもなっていく。

 「(本家のシリーズに)食い足りなさがあるとすれば、それは科学的に深掘りしていないところ」と福岡さん。一方、「少年少女にこれほどまでに読まれてきたのは、スタビンズくんのようにドリトル先生に出会うことが、一つの夢として描かれているから」とも。

 ドリトル先生のオリジナルの物語を書きたい、とひらめいたのは、生物学者として長年あこがれていたガラパゴス諸島へ渡った昨年春のこと。文明から隔絶され、水平線から昇り、沈んでいく太陽を眺め、月明かりが海につくる光の道を見た。大陸から約1千キロ離れた島々では固有の生態系が発達していた。チャールズ・ダーウィンが調査船ビーグル号で立ち寄り、進化論を打ち立てるきっかけになったことでも知られている。そこにもし、ドリトル先生がいたら――。

 そらんじられるほどの愛読書と、あこがれの島とが結びついた。「頭の中で、登場人物たちが動き出すのがわかった」

生命が本来持つ自由さ、フィクションだからこそ表現できる

 それにしても名エッセイストとして名高い研究者がなぜフィクションを。

 福岡さんは常々、フィクションに託さなければ語れないことがある、と感じていたという。ガラパゴスでは、鳥が面白がってカメラのファインダーをのぞき込んできたそうだ。「カメもイグアナも人間を恐れず、むしろ寄ってくる。それは競争、闘争にきゅうきゅうとせずにすむ彼らが本来持っている好奇心なんです」

 絶海の火山島まで、海を渡ってたどりつくことのできた生物は限られる。土地が肥えていない代わりに、いったん自分の生活圏を確保すれば、縄張り争いや天敵に悩まされない悠々自適の生活ができる。

 「たとえば、『ガラパゴスでは、動物たちに余裕がある』。学術的には簡単に言えないけれど、フィクションならそう表現できる。ドリトル先生、スタビンズくんの口を借りて、自然のあり方、生命が本来持つ自由さを書きたいと思います」(興野優平)

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【ドリトル先生物語シリーズとは】原作者は英国生まれのヒュー・ロフティング(1886~1947)。第1次世界大戦中、戦場から子どもたちに書き送った手紙がもとになったとされている。最初の物語が刊行されたのは1920年だった。

 日本では約70年前に岩波書店から刊行された井伏鱒二(いぶせますじ)訳が知られており、現在は岩波少年文庫(全13巻)で読める。

 各巻でドリトル先生はアフリカの郵便制度を改革したり、サーカス団に入ったり、あるいは月に行くなど、多彩な活躍ぶりを見せる。スタビンズくんが登場するものとそうでないものがあり、時系列順(じけいれつじゅん)には必ずしもなっていない。

 福岡さんが訳した新潮文庫の「ドリトル先生航海記」のほかには、角川つばさ文庫の「新訳ドリトル先生シリーズ」(河合祥一郎訳、全14巻)、ポプラポケット文庫の「ドリトル先生」(小林みき訳)、竹書房の「ドリトル先生アフリカへ行く」(金原瑞人・藤嶋桂子訳)などが刊行されている。

 1967年と2020年に映画になったほか、たびたびアニメ化もされてきた。

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【新連載あらすじ】動物たちと会話ができる博物学者のドリトル先生と助手のスタビンズくんはある日、英国の調査船ビーグル号の出帆(しゅっぱん)を知る。南米の調査らしいが、ガラパゴス諸島にも向かうかもしれない。ガラパゴスの大自然を守るため、旅に出ることを決意するドリトル先生。その方法とは……。現代人の自然観を根底から問い直す、思索(しさく)に満ちた冒険物語。

著者・福岡伸一さんの略歴

 ふくおか・しんいち 1959年生まれ。米ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授。代表作に「生物と無生物のあいだ」「動的平衡」など。

挿絵・岩渕真理さんの略歴

 いわぶち・まり 1984年生まれ。絵本作家。武蔵野美術大学卒。東大大学院修了。作品に「かがくのとも ヤママユ」「かがくのとも にわのキアゲハ」。