慌てているのは私だけ? 記者が驚いた即断ロックダウン

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メルボルン=小暮哲夫
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 「急きょロックダウン都市封鎖)も 第3波の恐れ」

 出張中のオーストラリア第2の都市メルボルンで、現地紙が朝刊1面にでかでかと、独自ダネを報じたのは2月12日だった、保健当局の高官らが前夜、緊急の会議を開いたという。

 あれ、何だって?

 地元のビクトリア州は、前日の記者会見では新型コロナウイルスをうまく押さえ込めている、と説明していたはずだったが。メルボルンに入った5日前から、感染の心配を感じることはほとんどなかった。

 テレビ各局は、この記事を受ける形で午前中に州政府が臨時閣議を開くと報じ始めた。

 午後1時すぎ、記者会見を開いたアンドリューズ州首相は日付が13日に変わった深夜から州全域で5日間のロックダウンを敷くと発表した。

 州都メルボルンの人口は500万人余りで州全体では約670万人。このとき、7日に発生したクラスター(感染者集団)は、わずか計13人だった。

 私が普段いる最大都市シドニーからメルボルンに来たのは8日から2週間の日程で始まったテニスの全豪オープンの取材のためだ。

 豪州は昨年3月からコロナ対策として外国人の入国を原則禁止している。今大会では、州と主催する豪州テニス協会は選手らに入国を認める代わりに2週間の隔離を義務づけた。

 外国メディアも例外でなく、例年なら取材に来る東京のスポーツ部の同僚は出張を断念。オンラインで取材し、記事を書くことになった。

 一方で、観客数を制限し、感染防止策を徹底する大会の運営面を現場で取材することは、東京五輪を控えた日本にも参考になると考えた。そこで隔離の必要がない私が出張を決めた。

 同じ12日の朝日新聞の朝刊には、開幕直後の大会の感染対策の様子を取材した私の記事が掲載されていた。「州は期間中も臨機応変に対応を指示する方針だ」。記事にはこう書いていたのだが、まさにそんな展開になっていた。

急きょ方針転換

 「まもなくロックダウンします。でも、数日間限定で」

 州政府による、こんな即断で短期間のロックダウンの発表は豪州では珍しくなくなっている。

 昨年11月には南部アデレード、今年1月から2月にかけては東部ブリスベンと西部パース、そして、今回のメルボルン。いずれも州都である大都市だ。ブリスベンやパースは感染者がわずか1人の段階で封鎖に踏み切った。

 各州が定める公衆衛生関連法の緊急事態の措置で、州独自でできる。とはいえ、1月に緊急事態宣言が出る前に東京都の新規感染者が1千~2千人だった日本と比べると、対応の違いはあまりに大きい。

 背景には、昨年の教訓がある。メルボルンで起きた国内唯一の「第2波」だ。

 昨年6月、帰国者が隔離されるホテルの警備員らが感染した。州政府が感染を追跡する態勢が不十分で感染が広がった。州が昨年8月、夜間の外出禁止も含む厳しいロックダウンを敷く直前には、日々の感染者が600人を超えてしまっていた。結局、1万8千人余りが感染。感染が収まり、ほとんどの規制を解除するまでに3カ月かかった。

 最近の一連のロックダウンの理由になった市中感染の発端も、帰国者らが隔離されているホテルの従業員らだった。メルボルンの「失敗例」から、早期封じ込めの必要性が国内で強く共有されている。

 加えて、各州は個別の事情も考慮している。

 アデレードの場合、感染者が出たホテルとは直接関係ないと思われたピザ店からも感染者が出た。州はすでに市中感染が把握しない範囲に広がっている可能性があると考えた。

 ブリスベンやパースの場合は、昨年末から英国などで発生した感染力が強いと言われる変異株による感染だったことが理由だ。

 2月のメルボルンも変異株だったが、州は当初、濃厚接触者を素早く特定して抑える姿勢だった。だが、発表前日、陽性となった濃厚接触者の1人が、空港内のカフェの従業員だったことで方針を急きょ転換した。カフェのあったターミナルを利用する乗客は1日数千人。多くの人がウイルスにさらされた可能性が浮上したためだ。

 アンドリューズ州首相は12日の会見で理解を求めた。「決断を避けていれば、ロックダウンは5日間ではなく、ずっと長く続けなければならなくなるだろう」

■「5日間だったらいい」…

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