連れ去られた村人は リストが語る「もう一つの関ケ原」

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今井邦彦
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 1600年の関ケ原の戦いで豊臣方(西軍)についた薩摩(現・鹿児島県)の島津軍が、徳川方(東軍)についた加藤清正領の肥後(現・熊本県)の村に攻め入り、多くの住民を連れ去った。村人らはその後も家族の行方を追い続け、加藤家に代わって熊本藩主となった細川家に提出した「被害者リスト」が、熊本大永青文庫研究センターが刊行した細川家文書の資料集に初めて全文掲載された。

 リストを研究したセンターの稲葉継陽(つぐはる)教授によると、武士による戦場での拉致・略奪を住民側が記録した非常に珍しい文書だ。

 「芦北郡田浦(たのうら)村…

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