輝く25の笑顔と人生、ポスターに 世界ダウン症の日

後藤隆之
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 3月21日は国連が定める「世界ダウン症の日」。当事者やその家族らでつくる「日本ダウン症協会」(東京都豊島区)は25枚の写真を組み合わせた啓発ポスターを作った。生まれたばかりの子から40代までの当事者が登場。写真からそれぞれの人生が浮かび上がる。

 「世界ダウン症の日」は2012年に定められた。ダウン症(21トリソミー)の人の多くは21番染色体が1本多い3本あることにちなみ、3月21日になった。

 同協会は翌年から啓発ポスターの制作を始め、モデルを公募で選び、プロのカメラマンが撮影していた。今年は、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、家族らが撮った提供写真を使うことにした。

 寄せられた約40組の写真から25枚が採用され、キャッチコピーは「つながると、嬉(うれ)しい。誰だって。誰とだって。」に決まった。

 協会によると、ダウン症は約600~800人に1人の割合で生まれるとされ、国内には推定約8万人いる。知的発達の遅れや心臓の疾患を伴うことが多いが、書道や絵画など芸術分野で活躍する人もいる。

 選考に関わった水戸川真由美理事は、「写真から読み取れる物語を重視した。ダウン症の人たちも、一人ひとり違う人生を歩んでいる。個性豊かな、いろんな人がいることを感じてほしい」と語る。協会は、ポスターを希望者に無料で配布している。詳細は協会のホームページ(https://www.jdss.or.jp/別ウインドウで開きます)で。(後藤隆之)

夢はバレリーナ 「ダウン症だから…」は思い込み

 足を高く持ち上げるポーズが決まってにっこり。甲府市の小学1年生、金井のどかさん(7)は大好きなバレエの練習中の写真がポスターに採用された。

 生後すぐに、呼吸に異常があるとして大学病院に搬送された。3週間後、ダウン症と診断された。

 2014年、合併症の治療で通っていた病院に「世界ダウン症の日」のポスターがあった。屈託のない少女の笑顔に、母親で元看護師の美希さん(41)は「のどかもこんな風に育ってくれたら」と思った。

 歩き始めたのは2歳8カ月、ミルクの卒業は6歳……。ゆっくりだけど成長している。「できることが増えるたび、すごくうれしかった」。撮りためた写真は7千枚以上になった。

 姉の咲空(さくら)さん(10)のバレエ教室の送り迎えにつれていくうち、のどかさんも興味を持ち、レッスンをじっと見つめ、開脚をまねようとした。だが、ダウン症の子は筋肉の緊張が弱い傾向があり、姿勢が安定しにくい。美希さんは「とてもバレエなんて」と思ったが、教室で相談すると、「やりましょう」と言ってもらえた。昨年1月から姉妹で通うようになった。

 昨秋、レッスン中にカメラを向けると、のどかさんは背筋と足をピンとのばし、笑顔を見せた。普段のぎこちなさはなく、美希さんは思わず「すごいねー」と声が出た。その1枚がポスターに選ばれた。

 「バレ、バレ」と毎日、教室に行きたがるのどかさん。父宏明さん(42)も交えた4人の話題も自然とバレエになる。美希さんは「『ダウン症だからできない』と思い込んでいたのは私の方。のどかに謝らなきゃいけないな」。

 美希さんは昨秋から、山梨県立大で看護学生の実習指導などをしている。「一度は仕事は諦めようと思った。でも、私自身が自立する姿を見せることが、のどかのためになると思えるようになった」と話す。

「社会参加できるんだ」「生まれてきて良かったと思えるよう」

 ヘルメットをかぶり、自転車のチャイルドシートに乗ると思わず顔がほころんだ。阿部壮真君(3)=東京都世田谷区=の行く先は発達を促すための療育園。ポスターに採用され、母景子さん(38)は「壮真も社会に参加できるんだと実感できた」。

 2年前、区内にある療育園に通い始めると壮真君に変化が現れた。友達とままごとやボール遊びをしていると生き生きとした表情に。新型コロナの影響で3カ月間休園になると沈みがちだったが、再開後は明るさが戻った。景子さんは「お友達と会うのが楽しみで仕方ないみたい」と話す。

 福島県いわき市の吉村悠希さん(36)は、東日本大震災後の避難で離ればなれになった友人と約8年ぶりに再会した時の写真が選ばれた。

 生まれた時、医師から「6歳までしか生きられない」と告げられたが、これまで大きな病気にかかっていない。今は市内の障害福祉サービス事業所に通い、4月からは親元を離れてグループホームで暮らす。

 新型コロナの影響で外出する機会が減ると、運動不足でひざが痛み、一時は歩けないほどに。心配は尽きないが、母真澄さん(64)は「悠希には生まれてきて良かったと思えるよう人生を全うしてほしい」と話す。