オーロラ輝子モデル「通天閣の歌姫」 心の病からの再起

有料会員記事

西本ゆか
[PR]

 頭に通天閣の電飾を輝かせ、舞台に倒れ込む派手なパフォーマンスで1996年、NHKの朝ドラ「ふたりっ子」に登場する「オーロラ輝子」のモデルとなった演歌歌手、叶麗子さん(58)。過酷な運命で心身を病み、一時は死をも考えた「通天閣の歌姫」は、つらい日々から抜け出して、再び未来へ歩き出そうとしています。過去の絶望も未来への希望も、すべて語ってくれました。

かのう・れいこ 1963年、奈良県生まれ。85年、盆踊りのカラオケ大会でスカウトされ90年、通天閣歌謡劇場を本拠地に「通天閣人情」でレコードデビュー。講演も行い、著書に「心 お母ちゃん、生んでくれてありがとう」(青幻舎)。

 歌う場所、歌える心身、愛する家族。人生で大切なものを次々と失った私は2018年春、外界とのすべての接触を断って引きこもり、生きる屍(しかばね)のようでした。息はしている、体は温かい。でも心は死んだも同然。いっそ死ねたらどんなにいいか。そんなことばかり考えていました。

 発端は母の死です。

 盆踊りののど自慢大会でスカウトされた私は全く売れず、ドサ回りの極貧生活で母には心配のかけ通しでした。初めてできた居場所が大阪・通天閣の地下劇場です。心優しいおっちゃんたちが、額に汗して働いた大切なお金で、私の歌を聴きに来てくれる。「通天閣の歌姫」と呼ばれ、1996年にはNHKの朝ドラ「ふたりっ子」に登場する「オーロラ輝子」のモデルになりました。

叶えてあげられなかった母の夢

 私の「紅白出場」は母の長年の夢でした。でもその年の大晦日(みそか)、晴れ舞台で歌ったのは輝子役の河合美智子さん。私はゲストにも呼ばれなかった。生まれて初めて大好きな紅白を見ませんでした。それでも諦めず、「いつかは紅白」と励まし続けてくれた母が2007年、病であっけなく逝ってしまった。「孫の顔」も、母のひそかな夢であったと知っています。私はどちらも叶(かな)えてあげられなかった。悲しくて申し訳なくて、泣きました。

 母の死をひきずる私に追い打…

この記事は有料会員記事有料会員記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

2種類有料会員記事会員記事の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら