K-POPと名づけた日本 交流20年、世界進出支えた

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清水大輔
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 米音楽界で最も権威があるグラミー賞の授賞式が15日(日本時間)にあり、注目されていた韓国の男性アイドルグループ、BTSは受賞を逃したが、EXO(エクソ)やBLACKPINKなど韓国のアイドルグループはいま世界中から注目を集め、存在感は増すばかりだ。「K―POP」が生まれて20年あまり。誕生当初から、世界を席巻する現在に至るまで、そこには日韓のたゆまぬ交流があった。

 「目標はBTS先輩です」。今年1月、韓国でデビューしたアイドルグループ「T1419」。記者会見で抱負を聞かれてメンバーの1人が答えた。9人グループのうち5人は韓国人、4人は日本人。これまでのK―POPグループは「IZ*ONE(アイズワン)」や「TWICE」のように日本人メンバーは多くても3人までだった。T1419について韓国メディアは「日本人は3人までという不文律から抜け出した」と伝えた。

かつては禁止の時代も

 今でこそK―POPに日本人メンバーはおなじみだが、少し前までは韓国人アイドルがデビューを目指す先は日本だった。K―POPの歩んだ軌跡をたどると、日本の存在が欠かせないことがわかる。

 「K―POP 新感覚のメディア」(岩波新書)の著者で日韓のメディア文化に詳しい北海道大の金成玟准教授によると、韓国でK―POPの原型が見え始めるのは1980年代後半。マイケル・ジャクソンマドンナといったアメリカンポップスを意識したダンスミュージックが人気を得た。90年代に入ると、ブラックミュージック、とくにヒップホップとラップが若者に熱狂的に迎え入れられた。同時に、大瀧詠一松任谷由実といった日本のニューミュージックの「韓国版」とも言えるモダンなバラードが支持を集めていった。

 植民地支配を受けた韓国では98年まで日本の大衆文化の流入は禁止されていた。しかし、実際は、まちに松田聖子や光GENJIらアイドルの海賊版テープがあふれ、海沿いでは日本から届くラジオの電波に耳を傾ける人たちがいた。ファッションからダンスまで少年隊そっくりの韓国人グループもいた。

 日本に比べ市場規模の小さい…

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