太宰が愛した跨線橋、撤去の危機 VRで残すなど検討

平山亜理、一條優太
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 東京都三鷹市で暮らした作家太宰治が好んで訪れたJR三鷹駅近くの跨線橋(こせんきょう)の撤去が検討されている。建設から約90年が経過し、維持・管理費がかさむなか、JR東日本が市への無償譲渡を打診したが、市が断念したためだ。市はVR(仮想現実)映像で残したり、一部を保存したりすることを検討している。

 跨線橋は1929(昭和4)年に鉄道施設として作られた。旧三鷹電車庫が建設されるのに伴い、南北に分断された地域をつなぐ生活道路として地域の人たちに利用されてきた。三鷹に1939年から48年まで暮らした太宰が好んだ橋としても知られ、太宰がここで撮った写真が残るなど、文化的な価値も高い。

「残せるものなら残したいが…」

 市によると、これまでJR東が維持・管理してきたが、点検や修繕などの費用が年平均3500万円かかるとして、JR東から18年、市に譲渡したいと提案があったという。

 橋は耐震の問題があるため、改修工事をする必要がある。また、下を走る中央線は早朝から深夜まで運行しているため、改修工事ができるのは深夜の数時間に限られ、人件費も含め通常より費用が高くなる。

 交渉は3年近くに及んだが、市は維持・管理費がかさむ上、市独自で安全性を確保するのは厳しく、耐震工事をすれば、見た目も現在の姿とは変わり文化的価値も損なわれるとして、譲り受けの断念を決断。1月中旬、JR東に返答した。今後はJR東が撤去するかどうかの判断になる。

 橋から見える富士山を眺めたり、下を通る電車を見るのを楽しみに来たりする子どもたちもいる。市は、もし取り壊された場合、橋からの風景を季節や時間ごとに撮影して、橋の上を歩いているような様子を体験できるVRを作ることや、階段などの一部を保存することを検討しているという。

 市企画部の小泉徹・まちづくり総合調整担当部長は、「残せるものなら残したいが、市の財政を考えると、市がもらい安全性を確保しながら保存するのは厳しく、苦渋の選択をした。できれば、JRに残してもらいたい」と話す。

 JR東日本八王子支社は、「今後の跨線橋の取り扱いについては引き続き三鷹市と協議をしていく」としている。平山亜理、一條優太)