センバツでも「自分らしく」 グラブには亡き祖母の言葉

西田有里
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 第1試合で先発した神戸国際大付(兵庫)の阪上翔也(さかうえしょうや)投手(3年)は、「自分らしく」と刺繡(ししゅう)を入れて新調したグラブをつけ、マウンドに上がった。「ばあちゃん」がいつも送ってくれた言葉だ。昨年12月に74歳で亡くなった祖母は、自分へのエールが詰まったノートを残してくれていた。

 阪上投手は中学入学後、兵庫県伊丹市の親元から、和歌山県紀の川市の祖父母宅へ引っ越し、祖父の平松弘次(ひろつぐ)さん(77)が監督を務める野球クラブに入った。

 祖父の指導は厳しかった。練習を終えて帰宅すると「バットを振ってから家に上がりなさい」。反抗期の当時、言葉を返さずにいても、祖母の千恵子さんは励ましてくれた。

 和歌山から戻り、神戸国際大付へ。昨秋の兵庫県大会の決勝で完封し、近畿大会は8強。「きっと甲子園に行ける。選抜、応援しよな」。千恵子さんはそう言って楽しみにしていた。

 冷え込んだ昨年12月15日。「ばあちゃんが倒れた」。母の万季さん(53)からLINE(ライン)のメッセージが入った。友人の葬式に参列後に倒れたという。母にやっと電話がつながると、「ばあちゃん、亡くなった」。大動脈解離だった。

 2日後。母から1冊のノートを手渡された。A5の赤い表紙には「翔也へ」。千恵子さんの字だった。

 《翔也 この頃 帰ってきても何も食べないけどおなかすいてない?》

 《明日は練習試合 ガンバレー》

 《朝からじいちゃんに目いっぱい怒られたね じいちゃんも翔也の事にくくていっているんとちがうよ 翔也がかわいいからだよ》

 《学校 野球 塾と大変だね 若いから大丈夫だよ》

 《さいごまで気持ちをつよくもってくれてえらかったってじいちゃんほめてたよ ばあちゃんもなみだがでるくらいうれしかった》

 高校は、強豪がひしめく地元への進学を選んだ。

 《神戸国際 合格おめでとう! いろいろあったけど良かったね これから翔也の力の見せどころやね 高校へ行ってもガンバレー》

 「翔也、あんまりしゃべってくれないから」。母によると、和歌山で一緒に暮らした頃、千恵子さんはこう漏らしていたらしい。中2から卒業までの2年間、気持ちをつづっては自分の机の上に置いてくれていたノートだった。自分が和歌山を離れる時、祖母は「翔也に渡して」と母に託したらしい。母は、そのまま持っていたという。

 最初のページには「返事書かなくていいよ でも読んでね! 書く気になったら書いてね」とあった。たぶん交換日記のようにしたかったのだろう。だが、自分はノートの存在に気づいていなかった。「もっと話をしておけばよかった」

 最後のページは2019年3月7日。中学卒業を祝うメッセージだった。

 《卒業おめでとう!! 3年間いろんな事があったけどよくがんばったね。えらいと思うよ。ばあちゃんの好きな言葉 学生の時から好きな言葉 “らしく”という言葉 この3つの字には奥深い意味が入っています》

 《この言葉 今はむずかしいけど大人になれば分かってくると思います 心のどこかにしまっておいて下さい ばあちゃんより》

 「自分らしくやれば勝てるよ」。そういえば、いつもそう励ましてくれていたな。ノートで思い出した。

 この日、その言葉を刻んだグラブで晴れ舞台に立った。腕を振り切り、三振を奪った。「ばあちゃんは見ていてくれると思う」(西田有里)