「1日も忘れたことはねぇ」 石に刻んだ望郷の思い

福留庸友
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10年がたった復興への歩み。東日本大震災の被災地を写真で伝えます。

拡大する写真・図版故郷への思いや旧居までの距離、方角を刻んだ石=2020年12月27日午後、福島県本宮市、福留庸友撮影

 東京電力福島第一原発の事故で、福島県浪江町から県央の本宮市に避難した今野幸四郎さん(84)は、新居の庭にテーブル状の石を置いた。顔なじみに囲まれ、自然の中で酪農を営んでいた故郷への思いを刻むためだ。

 浪江の家は帰還困難区域にあり、自由に帰ることができない。将来の見通しは立たないままだ。「希望が持てない。何にも悪いことはしてない。自然の中で周りの人とつつましく生きていただけなのに」と悔しさを隠せない。

拡大する写真・図版今野幸四郎さんが盆や彼岸に墓に供えるのは、避難先の本宮市で夫婦で育てた菊。墓参りに来られない集落の人の分も合わせ、40ほどの墓に菊を供える=2020年9月18日、福島県本宮市、福留庸友撮影

 酪農は息子に引き継ぎ、時々手伝っている程度だが、浪江とは夫婦で関わり続けている。

 盆と彼岸には墓へ足を運び、来られない親戚や知人の分まで花を供える。年末には神社のしめ縄を取り換え、年越しの準備。地域の仲間が集まって親睦を深め、牛を弔った「牛魂祭」は、震災後は夫婦だけで続けている。

 石には旧居までの距離と方角も彫った。毎晩、寝る前には故郷の方角を見つめる。「1日だって、むこうの生活を忘れたことはねぇ」(福留庸友)