桂米朝さん命日、弟子ら自宅に「いま効く師匠の教え」

篠塚健一
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 人間国宝文化勲章を受章した落語家桂米朝の命日の19日、兵庫県尼崎市で御霊祭(みたままつり)が営まれた。戦後に衰退した上方落語を立て直し、救世主となった不世出の噺家(はなしか)を弟子らがしのび、コロナ下での活動への思いを新たにした。

長男の米団治さんがあいさつ

 米朝さんは2015年3月19日、89歳で他界した。長年暮らし、弟子たちへの稽古をつけた自宅には、一門の噺家や親族ら約20人が集まった。地元の富松(とまつ)神社の宮司によるおはらいや祭詞の読み上げなどがあり、長男で米朝事務所の社長を務める桂米団治さんがあいさつに立った。

 遺(のこ)されたスーツに身をつつんだ米団治さんは、昨年8月に開かれた「米朝まつり」を振り返った上で「本当に大変な時代になってきましたが、出来ることから始めよう」と話した。

 今年8月には、弟弟子の桂宗助(そうすけ)さんが「八十八(やそはち)」を襲名する。披露公演に向けて「みなさんの協力で実現するものと確信しています」と力強く述べた。

 襲名を控える宗助さんは、今月入門を許したばかりの弟子の八十助(やそすけ)さんを紹介。「襲名、なにとぞよろしくお願い致します」と頭を下げると拍手に包まれた。

 集まった噺家たちも思いを語った。

 米朝さんの孫弟子の桂吉坊さんは「師匠が本に書かれたこと、言うてくださったことはこのためだったのかと今になって気づくことがある。後から効いてくる。師匠の教えは『揺るぎない物差し』です」。弟子の桂米二さんは「米朝落語全集」の増補改訂版づくりに携わった思い出を振り返って「上方落語を残そうという師匠の執念をひしひしと感じました。桂米朝を知らないという世代も増えてきますが、こうやったんやでと師匠のすごさを伝えていきたい」と話した。(篠塚健一)