釜石に職員派遣、10年で幕 てんでんこの教え 北九州

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布田一樹
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 【福岡】2011年3月11日に起きた東日本大震災から10年が経った。北九州市は発災直後から岩手県釜石市に職員を派遣し、津波による甚大な被害からの復旧作業や、その後のまちづくり支援にも取り組んだ。復興に向けた釜石市の計画が今年度末で終わるため、北九州市も職員の派遣を終える。

 北九州市危機管理課によると、これまでに岩手、宮城、福島、茨城の4県18市町に延べ601人の職員を派遣した。中でも日本製鉄の工場があり、かつて「鉄の街」として栄えた共通点がある釜石市には延べ454人が入り、人命救助や避難所の運営、罹災(りさい)証明書の発行などに携わった。

 復旧後のまちづくりもサポートした。約1カ月間の停電に見舞われた地域もある釜石市は非常時のエネルギー確保が課題だった。そこで北九州市は「スマートコミュニティ事業」の導入を提案。八幡東区東田地区で、住民や事業者らが自ら太陽光パネルを設置するなどして電力の「自給自足」に取り組んでいるものだ。

 この事業を、釜石市はまちづくりビジョンをまとめた10年計画に盛り込んだ。災害公営住宅の屋根に太陽光パネルを設け、発電したエネルギーを電気自動車にため、災害時の移動型電源として活用した。太陽光パネルの設置は、東田地区にある日本製鉄グループの会社寮からヒントを得た。

 スマートコミュニティ事業を推進する釜石市産業振興部の担当者は「何もなくなったところからのスタートだったので、新しい取り組みで可能性を市民に分かってもらうことが必要な時期だった。北九州市職員の方に来てもらって本当に良かった」と振り返る。

 一方、震災で釜石市が得た教訓を北九州市の防災に生かす試みも進んでいる。釜石の子どもたちは地震が起きたら率先して高台に避難する「津波てんでんこ」を教えられていて、市内の小中学生でほとんど犠牲者が出なかったため、「釜石の奇跡」と呼ばれている。

 こうした経験に学ぼうと北九州市教育委員会は昨年11月、市内5校の小中学校と高校の教職員向けに研修を実施。震災当時、釜石小学校にいた教諭や元児童らとオンラインで結び体験を聞いた。

 今月末で北九州市職員の派遣は打ち切りとなる。北九州市危機管理課の担当者は「これまで支援してきたことでできたつながりを大切にしながら、今後は文化や産業など色々な分野で交流を続けていきたい」と話す。(布田一樹)

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