ニホンオオカミ生存情報追う 長野・大鹿村の宗像さん

近藤幸夫
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 長野県大鹿村在住のフリーライター宗像(むなかた)充さん(45)が、絶滅したとされるニホンオオカミの生存を検証する連載をアウトドア雑誌で続けている。研究成果をまとめた著書を出版した後も九州などから生存をうかがわせる情報が絶えず、現場に赴いて確認した成果を伝える狙いだ。

 昨春始まった連載は「絶滅野生動物生息記―ニホンオオカミ編」。隔月発行の「Fielder(フィールダー)」(笠倉出版社)に掲載されている。宗像さんは「生存を立証するまで続けたい」と意気込む。

 ニホンオオカミは1905(明治38)年、奈良県東吉野村での捕獲例を最後に絶滅したとされる。その毛皮(仮剝製〈はくせい〉)は現在、英国のロンドン自然史博物館に保管されている。国内では国立科学博物館、東京大、和歌山大に3体の剝製が残るのみ。環境省は絶滅種に指定しているが、現在も「目撃した」「遠ぼえを聞いた」などとの情報は寄せられ続けている。

 宗像さんは大分県出身。一橋大山岳部OBで、登山を通じて野生動物に興味を持った。「ニホンオオカミは生きている」と訴える人に出会い、「本当に絶滅したのだろうか」との疑問を持つようになった。故郷近くの大分・宮崎県境の山で目撃例が多く、2000年にはニホンオオカミによく似たイヌ科の動物も撮影されていた。

 ニホンオオカミを追い続ける人々や膨大な資料を調べ、14年から月刊誌で連載。成果を「ニホンオオカミは消えたか?」(旬報社)にまとめた。

 その後も「オオカミを飼っていた」「毛皮が役所に保存されている」などの有力な情報が絶えなかった。一昨年の夏には、宮崎県の民間の男性研究者から「昭和37、38年ごろ、地元の猟師が謎の動物を捕獲した」との情報が寄せられた。

 長野県の情報も。1957(昭和32)年4月8日の信濃毎日新聞夕刊に「北アに『ホンドオオカミ』? 猟師らが“姿を見た” 大町山岳博物館が調査へ」という記事があると伝え聞いた。「調査があったかどうか確認できなかった」(同博物館)が、宗像さんは「一つ一つ検証すれば、どこかで生存がわかる情報に接するはず」とくじけない。

 宗像さんによると、生存説へのロマンをかきたてるのは、江戸時代に来日したシーボルトの影響が大きいという。「日本にはオオカミとヤマイヌの2種類の動物がいる」とし、オランダ・ライデンの自然史博物館に頭骨や毛皮を送った。これをもとに作られた剝製が、動物を特定する基準となる「タイプ標本」とされ、ニホンオオカミの正確な姿や生態が特定しづらくなったという。

 国内の3体の剝製も大きさが異なる。最後の捕獲例から116年。生きている姿の写真もないため、実態がつかみにくい。

 宗像さんもタイプ標本によく似たイヌ科の動物を目撃している。かつては南信地方にもニホンオオカミは多く生息していたようで、「連載を通じて様々な情報を検証したい」と話している。情報提供は、宗像さん(0265・39・2067)ヘ。(近藤幸夫)