「東京物語」中は「雑談と酒」 小津安二郎支えた脚本家

依光隆明
[PR]

 今も国内外で高い人気を誇る映画監督、小津安二郎(1903~1963)を脚本家として支えた野田高梧(こうご、1893~1968)の日記の一部がネットで公開されている。

 2人の代表作「東京物語」「麦秋」の製作時期と重なる部分で、長野県茅野市にある野田高梧記念蓼科シナリオ研究所が「国内外の小津研究者の参考に」と公開を決めた。

 野田の日記は全46冊。小さな手帳に3ミリ角ほどの文字が鉛筆でびっしりと書き込まれている。

 野田の妻が最後に住んだ神奈川県内の娘家族宅に残されていたのを、6年ほど前に野田の孫に当たる脚本家の渡辺千明さん(70)と妻の同研究所代表理事、山内美智子さん(65)が発見。文字の判別が難しかったため、小津を研究する同志社女子大の助教、宮本明子さんが解読作業を進めている。

 日記のスタートは1930(昭和5)年で、最後が67(昭和42)年。1~2冊で1年分となっている。公開したのは50年11月~51年と53年の日記。前者は「麦秋」、53年は「東京物語」の脚本を小津、野田の2人で作った時期に当たる。

旅館こもったり、競輪はまったり

 53年の日記に書かれている内容について、渡辺さんが明かす。

 「『東京物語』は2人で作る5、6作目です。もう慣れているので旅館にこもっても仕事をしない。雑談に次ぐ雑談。急いでも仕様がないということだと思うけど、雑談と酒です。互いにやりたいこと、感じていることを探っていって、どちらともなく『次はこんな感じでいきますか』と」

 小さなエピソードもたくさん盛り込まれている。

 「いろんな人が訪ねてきたり、競輪にはまったり。そんなことを全部書いています。毎朝2人でノミ屋から車券を買っていること、きょうはいくらもうけたってことも記録している。杉村春子の役がどう決まったかなど、『へえ』という話もいろいろあります」

 53年2月に旅館にこもり、脚本の脱稿が5月。そのあと野田は広島県尾道市へのロケハンにも同行し、小津と一緒に旅館で尾道方言の取材もしている。

 手帳の種類はさまざまで、渡辺さんは「そのときどき、手元にあった手帳に書いたと思います。毎日書いています」と説明する。「小津さんの日記は1953年の後半が欠損しています。それをカバーする意味でも今回の公開は意義があると思います」

 野田高梧記念蓼科シナリオ研究所のホームページで公開されている。(依光隆明)

野田高梧の日記から

 1月1日 小津君と電話にて賀詞交換

 1月12日 今日は秩父宮殿下の葬儀の日なり。雨。

 1月23日 小津君より電話、茅ケ崎行きは節分後にし、それまでに映画など見ようかという話になる。

 1月29日 小津君十一時すぎまで勉強。グリンハイヤで帰る。原さんの役を未亡人にしてはと話す。

 2月4日 4・56小津君と湯河原中西。「東京物語」方向相談、大体の傾向をきめる。雑談。仕事の話。いろいろあり二時になる。

 2月14日 5・33発、茅ケ崎に行き、リンタクで茅ケ崎館に行く。一足おくれて小津君来館。

 2月18日 仕事、長男を町医者にし、長女の夫を役所勤め、三男は大阪の鉄道に勤めていることにしてはなど語合ふ。

 2月20日 堀の提案、杉村さんの役を美容師にしてはと云ふ。

 2月26日 高田好胤さん来訪

 3月1日 吉田首相「バカヤロー」と怒鳴る。

 3月2日 夜、相談、両親を熱海にやることにする。安宿で眠られない場面など、それを初め考へた日比谷公園の場面に変える。

 3月5日 スターリン重態の記事あり。

 3月12日 小津君三時すぎ帰宿。(中略)仕事、尾道より始め大坂を略すことなど略決定。

 3月16日 尾道のシバイを考へる。後半の形、大分整ふも東京での両親が息子娘の本心に気付くシバイまだもう一工夫なり。

 5月27日 今日でシナリオ完成の目鼻つく。依って最後の競輪37枚買ひ、3290円あたる。

 5月29日 十時すぎ小津君と電話で連絡し、グリンハイヤで小津君宅へ行き、シナリオ読み合せ。一二カ所手を入れる。

 5月30日 茅ケ崎滞在中の酒43本。仕事、四月八日シナリオ着筆延べ五十日。二百八十六枚三十二場面。 6月23日 小津君と共に尾道へ向ふ。

 6月24日 車中、暑く、例により眠られず、名古屋にて空白み晴れ、12:44尾道着

 6月25日 夜、宿の一家の人たちセリフの訂正に協力してくれ、うっかり十二時になる。

 6月28日 夜中、蚊に攻められ、ついに一睡もせず、シナリオを浄写する。 6月30日 尾道へ来て、今日初めて晴れる。またロケハン(中略)夜、またセリフをテープレコーダーに入れる。

 7月1日 10:44尾道発、小津君と二人倉敷下車、美術館、民藝館、考古館を見、歩いて駅へ来る。

 7月3日 大阪城、城東線の駅などロケハン。

 7月4日 シナリオ方言清書にかかる。

 7月6日 朝、方言を写し取り、小津君と電話で打合せ、三時出社。

 7月21日 小津君と月ケ瀬で会ふ。二十三日よりロケ、二十五日より、代書屋セットインの由。

 7月25日 朝グリンで出社。「東京物語」のセット初日。服部家(代書屋)長岡輝子女史と話す。

 8月10日 小津組小料理屋セットを見、大阪の下宿、おでん屋、アタミの宿のラッシュを見る。

 8月27日 小津組セット、美容院、杉村女子中村伸郎氏などに会ふ。尾道ロケのラッシュ美し。

 8月30日 小津君より電話、アパートでの会話、起きてやりたいといふ話。