「かっこよく、憧れの存在」 古賀稔彦さんを悼む柔道界

 1992年バルセロナ五輪柔道男子71キロ級の金メダリスト古賀稔彦さんが24日、がんで死去した。53歳だった。「平成の三四郎」の早すぎる訃報(ふほう)に、柔道界では悲しみが広がった。

 中学生の頃から親交がある吉田秀彦さん(51)は、古賀さんとともにバルセロナ五輪で金メダルを獲得。「2人で勝ち取った金メダルは一生の宝」と話す。

 女子48キロ級で五輪5大会でメダルを獲得した谷亮子さん(45)は古賀さんとともにバルセロナ五輪とアトランタ五輪に出場した。「思い出は数え切れない。いつも『亮子、亮子』と言ってかわいがってくださった姿が忘れられない」と言う。

 その雄姿は後輩たちのあこがれの的でもあった。

 2000年シドニー五輪男子100キロ級金メダルの井上康生さん(42)は「中学生の時、宮崎のある道場で直接稽古をつけてもらった経験は、私の柔道人生に大きな影響をもたらした。『お前強いな、頑張れよ』と気さくに接してくれた」と振り返る。04年アテネ五輪男子100キロ超級金メダルの鈴木桂治さん(40)も「バルセロナ五輪でケガをしながらの優勝は、小学6年だった私にとって、とてもかっこよく、憧れの存在でした」。

 アテネ五輪女子63キロ級で優勝した谷本歩実さん(39)は決勝の畳を降りてすぐ、全日本女子強化コーチだった古賀さんに飛びついた。恩師の死を受けて、「とても熱血漢で良い指導を受け、感謝しております。思い出は尽きませんが、心よりご冥福をお祈り申し上げます」とした。

 リオデジャネイロ五輪男子73キロ級金メダリスト大野将平(29)は、古賀さんと同じ柔道私塾・講道学舎の出身。「塾生時代に稽古をつけていただいたことが私の財産になっています」と明かす。

 大野が無差別で競う全日本選手権に出場するのは、古賀さんの影響が大きいという。「古賀先輩は『柔よく剛を制する』という言葉を一番体現した柔道家。私が無差別の全日本選手権に憧れ、挑戦し続けるのも平成の三四郎と呼ばれた古賀先輩の影響です。古賀先輩と同じ階級の選手として、『三四郎』と呼ばれる柔道家を目指す決心をし、東京オリンピック、全日本選手権に挑戦していきます」とコメントした。