今こそ北條民雄を読む意味は ドリアン助川さんに聞く

聞き手・雨宮徹
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 戦前を生きた徳島県阿南市出身の作家・北條民雄(1914~37)が再び注目を集めている。当時不治の病とされたハンセン病を患い、代表作「いのちの初夜」など二十余りの小編を残し、作家・川端康成に文才を評価されながら23歳で早世した。故郷では近年、命日に追悼の集いが開かれ、昨年11月には約半世紀ぶりに作品集が復刊された。新型コロナウイルス禍で感染者差別が問題になるなか、北條の作品は何を問いかけるのか。北條が過ごした療養所を舞台の一つにした小説「あん」を書いた作家のドリアン助川さんに聞いた。

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 ――北條民雄を知ったきっかけを教えて下さい。

 ハンセン病患者を強制隔離してきた「らい予防法」が1996年に廃止された後、ハンセン病を背景にした小説を書きたいと思いました。患者だった明石海人(あかしかいじん)の歌集を手にし、「大変な世界に入っていくのかな」と感じました。

 その頃、北條民雄の代表作「いのちの初夜」を読みました。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を読んだ時と同じような衝撃を受けました。80年以上前、22歳の時の作品でここまでのクオリティー。感動や驚嘆があると同時に「無理だ」と何度も書くのを断念しました。

 ――それを乗り越えて「あん」を書きました。

 ハンセン病問題を訴えたくて「あん」を書いたのではない。あらゆる逆境や辺境にいる「いのち」に向けて書いたつもりです。きっかけがハンセン病問題だっただけです。

 本当の苦しみは当事者しか分かりません。のちに回復者の皆さんと話すようになり、僕も違う視点でハンセン病問題を捉えることができるようになりました。回復者と、それを聞く側と、主役を2人置いて物語を考えました。

 ――北條民雄は死期を悟ったような生涯です。

 発病すると、長生きできなかった時代です。失明したり、手足がなくなったり。でも彼はユーモアも書きました。「いのちの初夜」で主人公が首つりをやめようとした瞬間に足を滑らせるとか、患者がくしゃみをして義眼が飛び出すとか。「命には滑稽な部分もある」ととらえています。

 ――北條は川端康成に師事しました。

 北條民雄は他の作家にも原稿を送っていますが、感染を恐れて燃やした人もいたと聞きました。川端しか心を開いてくれなかった。

 川端は「伊豆の踊子」で孤児としての自分を書きます。辺境に追いやられた人や排除された人への愛情があったんじゃないかと受け止めざるを得ない。

 ――昨年12月、東京で「北條民雄と多磨全生園(たまぜんしょうえん)」という催しを開き、ライブ配信されました。

 日本ペンクラブが年1回、作家のふるさとなどで開くもので、僕も理事なので「北條民雄を多くの人に知ってほしい」と提案しました。企画したのは新型コロナウイルスの感染拡大の前です。吉岡忍会長も「若い時に感銘を受けた。ぜひやりたいね」と言い、僕がプロデュースしました。

 学生にも読んでもらっています。命を懸けて燃え尽きた作家がいたこと、しかも手前勝手な文章ではなく、誰が読んでも素晴らしい作品ということを知って欲しい。

 ――学生の反応は。

 「しんどい」「どうしていいか分からない」みたいな。でも僕は「絶望してほしくて読んでもらっているわけではない。これは希望だよ」と言っています。

 「80年以上たっても君たちが読んでいると北條民雄が知ったら、どれだけ喜ぶだろう。『生きてみるか』という気持ちになるんじゃないか」と問います。

 学生の世界も広がる。こんな感染症が人類とともにずっとあった、これだけの人が苦しんだ、こんなふうに差別されたのか、と。

 ――反応が多い作品は。

 「いのちの初夜」以外では「癩(らい)院受胎」と「吹雪の産声」。「力が湧きました」と聞きます。僕個人は「吹雪の産声」かな。くだらないけんかが起きる一方で、消えていく命と、生まれるかも知れない命が語られる。自分も病院にいる気になるリアリズムがある。

 命は常に次の命にバトンを渡して果てていくことを象徴的に書いている。死は決してむなしいわけではないと感じさせる物語です。

 ――コロナ禍での催しだったので「生きづらさを抱えた人に読んでほしい」との声がありました。

 コロナだから読まなきゃとは思いません。人生は常に不条理と向かい合っています。コロナが沈静化すれば、問題がなくなるわけではない。角川文庫から半世紀ぶりに復刊された文庫本の帯に「コロナ禍に必ず読んで欲しい本!」と書いてありますが、一番小さい文字で書かれた「人生観をも揺るがす不朽の名作、待望の復刊」の方が正しいと思います。(聞き手・雨宮徹)

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 どりあん・すけがわ 1962年、東京都で生まれ、兵庫県で育つ。本名は助川哲也。早大文学部在学中に劇団を主宰した。卒業後は放送作家や雑誌ライターになり、東欧など世界各地を旅した。90年、パンク音楽にのせて詩を朗読する「叫ぶ詩人の会」を結成する。その後、執筆活動のかたわら、多磨全生園の回復者らと交流を深め、2013年に同園を舞台の一つにした小説「あん」を刊行。作品は河瀬直美監督、故・樹木希林さん主演で映画化され、カンヌ映画祭でも上映された。明治学院大学教授。