銃を手にした香取慎吾 息を吐き0.5ミリの点狙い撃ち

榊原一生
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慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が解除され、パラ射撃の水田光夏選手(23)と対談し、久しぶりに競技も体験しました。水田選手のアドバイスを受けながら、香取さんはライフルで10メートル先の的を狙ってみました。

 《すごい施設、ここは何ですか!》

 香取さんがスポーツセンター内にあるエアライフル場に入った。目の前にはエアライフル用の射座が三つ。真ん中で、水田選手が10メートル先の直径約3センチの黒い的を狙っていた。

 パンッ!

 乾いた音とともに、手元のモニターに得点が表示された。「10・9」。撃ち抜いたのは直径0.5ミリの中心点の真ん中。珍しい満点表示に水田選手は驚いていた。

 《試射ではずっと当たらなかったのに……。自分でもびっくりしました。》

紙面でも

香取慎吾さんとパラ射撃の水田光夏選手による対談は3月31日付朝刊スポーツ面の「慎吾とゆくパラロード」でも、1ページを使って紹介します。

 水田選手の10メートルエアライフルでは10点台は当たり前。いかに中心を撃ち抜けるかが勝負だ。ただ満点の10.9は難易度がかなり高いという。試合の本選では60分の間に60発を撃って合計点を競い、小数点の位まで計測して争う。世界上位で戦うには最低でも630点、平均10.5点が必要だ。

 香取さんは、集中力の持続と精度の高さが求められる競技の難しさを知った。

 《撃つ時に最も意識していることは?》

 香取さんの問いに水田選手が答えた。

ぶれる体、別の人間のよう

 《力を入れて銃を支えるのではなく、リラックスして構えることが大事。外れたら体のどこに力みがあるのか、自分と向き合っています。そこが好きなところです。》

 香取さんは早速、銃を手にした。といってもエアライフルは所持するだけでも資格が必要だ。代わりに銃刀法の規制が厳しい日本で独自に考案され、光の照射で的を射抜く「ビームライフル」を体験した。

 香取さんが銃を構えた。狙い通りに撃つには、銃の先についている照準(フロントサイト)と目を当ててのぞく照準(リアサイト)、10メートル先の的の三つの中心を重ねることが大切だ。が、なかなかそろわない。

 《すごくぶれる。体の動きを止めようとしている自分と、銃の先で動かそうとしている自分と、別の人間がいる。》

 それでも息を吐きながら、狙いを定めた。引き金を引く。10.0点。もう一発放った。7.5点。香取さんの撃ち方を見ていた水田選手がアドバイスを送った。

 《息を吐くと力は抜けます。私の構えだと吐くと銃口が上がっていくので、そのタイミングを見計らって撃ちます。あとは引き金を引くときはそっと。ギュッと引くとそれだけでもぶれています。》

 体の揺れや動きをなくすために、香取さんは自分の体と向き合い続けた。

 《吐いて止める。体を止める感じは何となくつかめた気がする。それで的の中心を撃ち抜けたら、気持ちいいよね。》

「撃ってみたい」契機に

 水田選手が本格的に競技を始めたのは2016年、19歳の時だった。中学で徐々に指先から感覚がまひしていく病気の影響で3歳から続けたバレエができなくなった。

 《車いす生活になったショックよりも、踊れないということが大きかった。しばらくやりたいことはなかったのですが、パラリンピック射撃元日本代表の田口亜希さんのお話を聞く機会があって楽しそうと。「撃ってみたい」と思ったんです。》

 初めて出た17年の全日本選手権で2位。パラ大会出場経験のあるベテランに0.5点差の好結果で周囲を驚かせた。そして、19年の世界選手権で東京大会出場に必要な得点をクリアし、日本代表に内定した。香取さんは思った。

 《内定が決まってもちろん重圧はある。気持ちの面で変化はあったの?》

 水田選手は答えた。

 《元々スポーツは好きではなくて、私はふわっとした感じで射撃の世界にきてしまった。全日本選手権2位も、遊びとまでは言わないけど、必死に練習して挑んだわけではなかったんです。でも、代表内定で切り替わった感覚はある。今度はそこで結果を出さないと、という思いでいます。》

 香取さんは大きくうなずいた。

 《壁を打ち破った瞬間、だね。分かる気がする。自分のいるエンターテインメントの世界でもステージが一つ上に上がって、今まで感じなかった重圧がのしかかり嫌になっちゃうことだってある。本当は身軽でいたいんだけどね。ただ階段を上ってきていること自体はすごくいいことだよ。》

 水田選手は23歳。ベテラン選手が多い射撃界にあって目立つ存在だ。競技歴わずか5年でたどりついた東京大会に向けて思いを口にした。

 《気持ちの浮き沈みがなく普段の練習通りに本番に臨めるのが私の強み。東京は特別な舞台ではあるんですが、だからと言って違うことをやる必要はない。目標は60発で633.3の自己記録の更新です。》

 最後に香取さんが水田選手に聞いた。

 《射撃は好き?》

 水田選手が言った。

 《嫌いではないです。》

 香取さんは笑顔で返した。

 《競技と出会うきっかけは人それぞれで、自分で作れないことだってある。水田選手は好きではないかもしれないけど、射撃という競技に出会えて本当によかったよね。東京が楽しみ。応援しています。》(榊原一生)

 水田光夏(みずた・みか) 1997年、東京都生まれ。中学2年の時に手足の神経がまひし、筋力が低下する「シャルコー・マリー・トゥース病」を発症。2016年にパラ射撃の競技を始め、翌年の全日本選手権2位。19年の世界選手権で東京パラ日本代表に内定した。白寿生科学研究所所属。