中国「原子城」から考える 科学と安全保障、溶ける境界

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 青黒いキノコ雲の模型があった。高さ1メートルはゆうに超える。そばの画面には、満面の笑みを浮かべて跳び上がって喜ぶ研究者らの姿が繰り返し映し出されている。胸が苦しく、気分が悪くなる光景だった。

 中国最大の塩水湖のそば、内陸青海省に「原子城」と呼ばれる町がある。1960年代を中心に、秘密裏に研究者が集められ原爆や水爆が開発された。その成果を礎として、中国は新疆ウイグル自治区で原爆の実験に成功した。日本が東京五輪に沸いていた64年秋のことである。

 かつては軍事機密基地として地図にも記されていなかった町を3年ほど前、訪れる機会があった。90年代の「退役」を機に、開放されている。外国人が入れない所も残るが、観光客の誘致にも熱心だ。歴史の悲劇から学ぶダークツーリズムではない。東西冷戦下で旧ソ連とも対立しながら、「自力」で核実験を成功させた偉業をたどる、愛国の「紅色」旅行だ。

 「両弾一星」と呼ばれる中国の科学技術の起点でもある。両弾は核兵器ミサイル、一星は人工衛星を指す。「政権は銃口から生まれる」。毛沢東の教訓が生きる中国では政治と軍は一体であり、科学技術も軍、つまり戦争に寄り添う存在なのだ。

 中国で「自立自強」がスロー…

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