大会No.1投手、最高と最悪を経験「すごい怖い場所」

山口裕起
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(26日、選抜高校野球 明豊2-1市和歌山)

 たった1失点で、大会ナンバーワン投手が甲子園を去った。

 最速152キロの直球と多彩な変化球を操る市和歌山の小園健太(3年)。1回戦の県岐阜商戦で130球を投げて今大会の完封一番乗りを飾った右腕は、この日、1点を追う五回にマウンドに上がった。力強い直球を次々に投げ込み、重苦しかった雰囲気をがらりと変える。三振、三ゴロ、三振。「球が走っていたし、変化球もいいコースに決まって、最高の投球ができた」

 六回も無安打に抑えてチームに流れを呼び込むと、その裏、中学1年からバッテリーを組んできた3番松川虎生(3年)が同点打を放つ。投打の柱が力を示し、流れは完全に市和歌山へ傾いた。

 が、ここからエースの心の中に変化が生まれる。「同点になって、変に気負ってしまった。もう1点もやらない、と気持ちが先走ってしまった」。直後の七回、制球が乱れる。中前安打とバント、二ゴロで2死三塁に。ここで代打の右打者を追い込んだが、三振を狙った125キロの外角スライダーがわずかに浮く。「最悪の投球をしてしまった。情けない」。三遊間を抜ける打球を見つめながら、マウンド上で唇をかんだ。

 今大会は、「1週間に500球」の球数制限が設けられた初めての甲子園大会。半田真一監督は「決勝まで考えて、きょうは小園を先発で起用しなかった」と球数制限も考慮しての起用法だったと打ち明けた。

 初めての甲子園は2試合で計14回を投げ、7安打13奪三振。失点は、あの七回の1点だけだ。小園は言った。「小さいときから夢見た甲子園は素晴らしい場所だった」。そして、続けた。「同時に、すごい怖い場所だと思った」

 「最高」と「最悪」を1試合の中で経験し、明豊の校歌を三塁ベンチ前で聞きながら、松川と2人で誓い合った。「精神的にも成長して、夏、絶対に帰ってくる」。17歳の春、甲子園の“魔物”が、どこに潜んでいるかが、わかった。(山口裕起)