被爆したのに「漢字表記が違う」 99歳、今も証人探す

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宮崎園子
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 【広島】来月100歳となる東京の男性が、被爆者健康手帳を取得するための証人捜しを続けている。広島市の公的な記録誌に被爆証言が収録されているが、名前の漢字表記が異なり、認められていない。被爆から76年。過ぎゆく時間との闘いに、男性の無念は募る。

 2年前の8月、東京都調布市の岩下運雄(かずお)さん(99)は、東京都庁被爆者健康手帳の交付を申請した。

 陸軍船舶司令部(通称・暁部隊)の見習士官だった1945年8月6日、広島・宇品の港に接岸し、松山沖に向かう準備をしていた輸送潜航艇の司令塔の上にいた。突然ピカッと光り、太陽のような火の玉を見た。数日後、市中心部に入って救助活動をした――。申請書類には、当時の記憶を覚えている限り記した。

 申請時点ですでに原爆投下から74年が過ぎようとしていた。自分の被爆を証言してくれる証人はおらず、被爆体験記を添付した。今から50年前の1971年、広島市が発行した「広島原爆戦災誌」に収録された800字あまりの体験記だ。

 《何が起こったのか、わからぬままで松山沖に行き訓練。四、五日たってから帰り、広島の荒廃に驚きつつ、戦災証明書の発行(紙屋町)や屍体(したい)処理などに一週間ぐらい従事した》

都の担当者「名前が違う、証拠にならない」 一点張り

 ただ、何の手違いか、名前が…

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