内気で教室の隅にいた僕 バスケに出会って日本代表に

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 鈍くさくても、内気でも、プロ選手になれた。だから、夢見ることをあきらめないで――。Bリーグ・サンロッカーズ渋谷所属の日本代表ベンドラメ礼生(れお)選手(27)はバスケットボールを始めた子どもたちにそんなメッセージを送る。ベンドラメ選手に、自身の小学生時代を振り返ってもらった。

べんどらめ・れお 1993年生まれ。身長183センチ、体重83キロのポイントガード。小学校3年の時に吉木クラブでバスケットボールを始め、宮崎・延岡学園高では3年生の時に高校総体、国体、全国選抜優勝大会(現全国選手権大会)で3冠を達成。東海大在学中に実業団入りし、Bリーグ初代新人賞を獲得。日本代表として19年のワールドカップアジア予選に出場した。

興味すらなかったバスケ

 ――福岡県で生まれ育ちました。ミニバスと出会ったきっかけは何ですか。

 「実は、僕は子どものころすごく鈍くさかった。ちょっとした段差でつまずいたり、視野が狭くて頭をぶつけたり。けがもすることが多かった。それで何かスポーツをやってみたらと、友達のお母さんから誘われました。やりたくてミニバスの練習に行き始めたわけではありません」

 ――バスケットにどんな印象を持っていましたか。

 「好きとか嫌いでなく、そもそもボールを使って遊ぶことに興味がなかった。足も速くなかったし、ドッジボールも苦手だった。友達とテレビゲームをしていることの方が多かった」

 ――乗り気ではなかったのに、地元筑紫野市の「吉木クラブ」になぜ通い続けられたのでしょうか。

 「最初は何もできないから、指先でのボール回しから。ボールを触る時間が増えてきて、少しずつシュートが入るようになって、楽しさを覚えたんです。毎日新しい発見があって、うまくなっていることが実感できる。どんどんはまっていきました」

いじめっ子が同じクラブに

 ――ミニバスを始めて変わったことはありますか。

 「一番変わったのは性格かな。父はブラジル人、母は日本人。名前がカタカナで、髪も天然パーマでくるくるしていたので、いじめの標的にされがちだった。バスケットを始める前は、言い返すこともできず、教室の隅っこで静かにしているタイプでした」

 「僕をいじめていた年上の先…

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