はやぶさ2の成功振り返る JAXAの武井悠人さん

構成・上月英興
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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の小惑星探査機「はやぶさ2」は2014年に打ち上げられ、小惑星「リュウグウ」に2回着陸し、50億キロの旅の末、昨年12月に砂の入ったカプセルを持ち帰った。プロジェクトチーム内で若手職員ながら、探査機の運用で重要な役割を果たしたのが、山形市出身の武井悠人さん(32)だ。失敗を防ぐための奮闘と、大成功に終わった興奮を振り返ってもらった。

 《はやぶさ2は昨年12月5日午後2時半ごろ、地球から約22万キロの地点で、リュウグウで採取した砂を入れたカプセルの分離に成功。武井さんは津田雄一プロジェクトマネージャらと腕をぶつけ合って喜んだ》

 ホッとした気持ちと、やりきった感じが入り交じった気分でした。この1年は、カプセルの分離をいかに確実にやるかをチーム全員で追求してきました。狙った場所に(カプセルを)下ろすことに全力を尽くし、「分離するコマンドを送れなかったらどうしようか」などと細かく準備をしていました。

 結果的には通常の手順だけで済み、うれしいと同時に徒労感もありましたが、私にはそれが幸せでした。

 《カプセル分離後に探査機は軌道を変え、宇宙の旅を続けられることになった。JAXA宇宙科学研究所(相模原市)の管制室では大きく4回、盛り上がる場面があったという》

 1回目はオーストラリア政府から、(地球の引力を使って軌道を変える)スイングバイに向けた軌道制御(TCM―5)の許可をもらえたときです。OKが出なければ、(カプセルと一緒に)探査機ごと地球に突入することになる。まずは、探査機がこの先も旅ができるということで少し盛り上がりました。

 2回目は、カプセル分離直後。もしうまくできなかったら、探査機もろとも地球に突っ込むのか、という議論までしていました。確実に分離したと言えた瞬間は大盛り上がりでしたね。

 3回目はTCM―5が全てうまくいって、探査機が宇宙空間に向かう軌道を描いたと確認できたとき。

 そして最後はカプセルの光跡が火球として見えたタイミングです。探査機が地球の影に入って、(カプセルの)データが下りてこなくなっていた。祈りつつあったところで、オーストラリアから火球が観測されたと一報が入りました。バラバラになることもなく一つの光跡としてずっと伸びていく動画が届くと、大盛り上がり。パチパチパチという大拍手です。

 《武井さんが担ったのは、システム担当。泥臭い仕事だという》

 いろんな人をつなぎ合わせて一つのものを作っていくかじ取りをするような仕事です。何をいつどう運用するのかという上流の計画を立てて、細かく毎日の手順書に落とし込んでいく。各担当が期日までに作る手順書が正しくまとめられているかや、姿勢をつかさどるシステムの手順が他の電源のシステムに干渉していないか、齟齬(そご)はないかなど、全体の視点でチェックします。

 上司にあたるプロジェクトエンジニアが探査機を運用するチームの統括にあたり、運用の指揮官のフライトディレクタを務めます。私はその代理。探査機がリュウグウにいたときは3交代制のシフトを組んだので、フライトディレクタを務めることもありました。

 システム担当はプロジェクトの中で、一番多くの人と関わる役割です。コミュニケーションをためらうと、本当にひどいことになるということは5年間で身に染みてわかりました。

 ただ、全くフラットな組織で、「焼き肉食いたいっすね」といった雑談や冗談も気軽に言える雰囲気がありました。(構成・上月英興)

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 たけい・ゆうと 1988年生まれ。山形東高を卒業後、東京工業大工学部、同大学院理工学研究科を修了し、2015年にJAXAに入った。小学3年の時、山形市の自宅近くを散歩中、火球を偶然目にしたことが宇宙を志したきっかけの一つだという。はやぶさ2のカプセル分離で、火球を当事者として再び見ることになり「感動が増幅された」。