「メシがまずくなるよ」鶴竜に直言できた兄、夢を見た弟

波戸健一
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 約20年間の力士生活を終えた元横綱の鶴竜(35)には、土俵人生を支えた「兄」と「弟」がいる。

 序二段の鋼(はがね)(39)=本名・前田一幸、愛知県出身=は、鶴竜より1年半早い2000年春場所で初土俵を踏んだ。鶴竜にとって旧井筒部屋時代からの兄弟子だ。

 24日の朝、稽古を終え、風呂場で横綱の背中を流している時だった。ふたりきりの空間で、「引退することになりました」と告げられた。その日の午後、日本相撲協会から、鶴竜の引退が発表された。

 本心を言えば、もう一度、横綱の闘志あふれる姿を見たかった。場所前に左足を負傷してしまったが、その直前の稽古では鶴竜らしい鋭い立ち合いが戻っていた。鋼は8月で40歳。それでも、「まだまだ横綱が頑張ってくれるなら付いていこう」と決めていた。

 ただ、鶴竜が決断に至った思いも痛いほどわかる。「横綱は横綱相撲を取れなければダメだ」と本人から何度も聞いていた。体が思うように動かない姿もそばで見てきた。だから、引退を告げられた風呂場では、「うん、そうか」と一言返すだけだった。

 16歳でモンゴルから入門した鶴竜の良き相談相手だった。お金がない時には、互いに食事をおごったり、おごられたり。すし屋では「さび抜き」を頼んであげて、からしが苦手だった鶴竜の納豆は「からし抜きにしてあげて」と部屋の力士たちに伝えてやった。

 横綱は孤独だ。周囲が気遣って何も言わなくなる。しかし、鋼は違った。

 負けてしょんぼり帰ってきた鶴竜に「ダメだよ。そんなんじゃ。メシがまずくなるよ」「横綱が元気を出さないと、みんなの元気が出ないよ」と励ました。「自分だけが言える立場。兄弟子だから」

 鶴竜との思い出は尽きない。場所後の短い休みには、ボウリングによく行った。「横綱になって、なかなかできなくなってしまった。落ち着いたら、ゆっくりそういうのもやってみたい」と思いをはせる。

 長年付け人を務めてきた序ノ口の鶴大輝(かくたいき)(30)=本名・橋本大輝熊本県出身=は、旧井筒部屋時代からの弟弟子だ。

 「本当のお兄ちゃんみたいな存在。なんやかんや楽しかった。悲しいです」と引退を惜しんだ。

 井筒部屋に入門した時、鶴竜はすでに関取だったが、頭ごなしに怒られたことは一度もない。「次は気をつけろよ、と言ってちゃんと教えてくれる。本当に優しい人です」

 2019年秋場所、先代師匠の井筒親方(元関脇逆鉾)が急逝した。力士3人の小所帯だった部屋は閉鎖され、鶴竜とともに残された鋼と鶴大輝が陸奥部屋に移った。

 「自分たちがいて、横綱も安心感があったと思う」と鋼は振り返る。両親よりも長い20年間の付き合いで苦楽を共にしてきた。「横綱になった時はうれしかったなあ。うちの横綱は本当の努力家。すごくいい夢を見させてもらいました」

 鶴大輝は鶴竜親方に期待する。「指導者に絶対、向いていますね。僕が現役をやめた時、力士になりたい子がいれば勧誘して、親方に紹介したい」

 兄弟の絆は、続く。(波戸健一)