月給ゼロ…照ノ富士が歩んだ日々 妻が支えたカムバック

小俣勇貴、松本龍三郎
[PR]

 大相撲春場所は28日、東京・国技館千秋楽を迎え、関脇照ノ富士(29)=モンゴル出身、伊勢ケ浜部屋=が12勝3敗で4場所ぶり3度目の優勝を果たし、場所後の大関昇進を確実にした。2年前に序二段まで転落してから、再び大関に駆け上がる「史上最大のカムバック」が実現する。

 優勝インタビューで、かみしめるように言った。「一日一日、必死に前向きに頑張ってきた結果。信じてやってきてよかった」

 2019年3月、エディオンアリーナ大阪。4場所連続全休した照ノ富士が、土俵に戻った。番付は序二段48枚目。午前中、まばらな客の前で相撲を取った。

 月給取りの「関取」ではなくなり、身の回りの世話をする付け人もいなくなった。支度部屋では番付上位が陣取る場所から離れ、192センチの照ノ富士は入り口近くの隅っこに座った。ひざを固めたテーピングや黒回しを外し、自分で片づけた。時折、「痛い、痛い」と声が漏れる。関取衆が来る前に会場を去った。

 15年に大関に昇進。将来を有望視された歩みは順調に見えたが、その後は両ひざに大きなけがを抱え、糖尿病肝炎にも悩まされる。17年9月の秋場所後、大関から転落。休場がちになり、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に「辞めたい」と何度も伝えた。

 なんとか持ちこたえたのは、18年2月に結婚した同郷の妻の存在が大きかった。大好きな酒を断ち、医師の助言を踏まえた妻の料理を食べ、再起を誓った。

 そして、復帰後は一度も負け越しをせず、再入幕の20年7月場所では幕尻優勝。「元の位置(大関)に戻る」と自身に言い聞かせてきた。節目となる今場所直前に、結婚式を挙げた。

 照ノ富士は、大関昇進の目安とされる「直近3場所を三役で計33勝」を大きく上回り、36勝とした。1969年名古屋場所以降の現行制度で平幕以下から再び大関に返り咲いたのは、77年に西前頭6枚目から復帰した魁傑しかいない。

 21場所ぶりとなる劇的な大関復帰の先には「綱とり」も見えてくる。「一場所一場所、精いっぱい頑張れば、次につながると思う。一生懸命やるだけ」小俣勇貴、松本龍三郎)