被災地で共にぬいぐるみ作り 「復興は終わっていない」

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聞き手 編集委員・高橋牧子
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 東日本大震災の2年後から、被災地の宮城県南三陸町の女性たちにぬいぐるみ作りを指導し、現在も作品を販売し続けているファッションデザイナーがいる。ブランド、タエ・アシダの芦田多恵さん。現地で共にもの作りをする度に「まだまだ復興は終わっていないなと実感する」という。

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 ――ファッション界では震災後すぐから、被災地への様々な支援活動がありました。やや遅れてから開始したのはなぜですか。

 東北とはそれまで縁もゆかりもなかったので、震災直後は支援のことはすぐに思いつかなかったのです。震災の日は、東京コレクションの13日前。父(ジュン・アシダのデザイナー、故・芦田淳さん)のショーの5日前。あとは新作をお見せするだけという状況でしたが、多くの外国人モデルがあっという間に東京からいなくなり、ショーが開催できなくなってしまった。その時、自分の危険もかえりみず、様々な方が誠心誠意をもって助けてくださった。その感謝の気持ちをこめて、今度はいま一番困っている方々を、私が少しでも助けることができればと思ったのです。最初はチャリティーTシャツを販売して収益を寄付したのですが、何か継続できることはないかと2年間迷走していた。あの頃、被災地の状況は刻々と変わり、支援を考えついて一歩踏み出すと、もう遅いということの繰り返し。そんな中で、NPОの方から聞いた南三陸町の女性たちの話がきっかけとなったのです。

 ――南三陸町は、ソーイング(縫うこと)関連の復興企画で注目されていましたね。

 津波で着る物も流された人たちが、寄贈された古着のサイズを直すためにミシンの寄付が始まったそうです。当初は技術のある人たちがトートバッグやポーチを作って売っていたのですが、震災から2年経つと被災地を応援するための購買が下火になっていた。ミシンも縫い手もあって、やる気もあるのに仕事がない。仮設住宅ですることもなく、ただ生かされているだけと思う人が多いとのことで、その人たちの手を生かせればと思った。

 ――それで現地に出向いたのですね。

 お互いに話をしたら何かいいアイデアが、とのつもりだった。ところが行く前夜、ベッドに足を突っ込もうとした時に突然、天から降ってきたみたいにこのチャーム(キーホルダー付きの小さなぬいぐるみ)を思いついたのです。洋服づくりで出る端切れが利用できる。うちの経済的な負担も少ないし、エコにもかなう。どうせなら、顔があった方が作る方も買う方も親しみが湧く。被災者支援ではなく、かわいいから買ってくれるようなものを作ろうと。急いで娘の部屋に行って、いくつか見本になるようなマスコットを借りました。

 ――実際、現地での反応はどうでした?

 行きの新幹線の中ではプレゼ…

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