デジタル円は日銀パワーを巨大化させる 編集委員コラム

[PR]

原真人の「多事奏論

 1万円札の顔になったのはこれまで2人しかいない。聖徳太子が26年、いまの福沢諭吉が40年つとめ、2024年に3人目の渋沢栄一に譲る。ただ、このお札の肖像も渋沢が最後だろうか。10年もたたないうちにお札のいらない「デジタル円」が使われるようになっているかもしれない。

 日本銀行は昨年から欧米の中央銀行とともに中央銀行デジタル通貨(CBDC)の導入準備をはじめた。4月には実証実験に乗り出す。とはいえ現金利用率が高い日本で導入を求める声はそれほど高まっていない。日銀も「現時点で発行計画はない」と言っているから、実現はしばらく先か。

 「いや、進展はかなり早い。海外をみると本格導入はもう秒読み段階です」。そう話すのは中島真志・麗沢大教授。日銀出身で「仮想通貨VS.中央銀行」の著書がある。

 CBDC技術はすでに実用化レベルにある。昨秋カンボジアとバハマの中銀が本格運用を開始。来年までには中国とスウェーデンの中銀も導入する予定だ。中島氏は、日銀などの主要中銀も5~10年のうちには導入する可能性が高いと見ている。

 「製紙と印刷の技術進化が1千年前に紙幣を誕生させた。私たちはいま、デジタル技術の進化で迎えた千年に1度のおカネの変革期を目撃しているのかもしれません」

 デジタル円は人々の暮らしをどう変えるのか。最近はPayPay(ペイペイ)などのスマホ決済アプリ、スイカなどの電子マネーでの支払いも当たり前になった。こうした民間の電子マネーとデジタル円では何が違うか。

 一つには店舗側が決済手数料を払わなくてすむようになる。デジタル円が既存のキャッシュレス事業を脅かす恐れもあるだろうから日銀も目配りが必要だろう。

 だがもっと気になるのは、日銀がこのデジタル円を安易に金融政策の道具として利用しないだろうかという点だ。とくにマイナス金利政策との掛け合わせが危うい。

 お金は銀行に預けたら利息がつくものだが、マイナス金利は逆に預けたら利息を取られる。日銀はこれなら企業や家計は預金するのがばかばかしくなって設備投資や消費にお金を回すだろうと考えた。

 ところが導入から5年たってもそのような効果はほとんど見られない。マイナス金利預金がいやなら「金利ゼロ」の現金に逃避すればいいだけの話だったからだ。

 1世紀前、この「現金への逃避」問題を解決する画期的なアイデアをドイツの思想家シルビオ・ゲゼルが発案した。「スタンプつき紙幣」だ。紙幣には毎月、一定額の印紙を貼らないと使えないようにする。紙幣そのものにマイナス金利をかけるのと同じで、使わないと実質価値が目減りする。これで消費が促されると考えたのだ。

 ただし、このとっぴな案が一国の紙幣で実際に採用されたことはなかった。

 いまデジタル通貨時代を迎え、その発想がよみがえった。デジタルなら印紙を貼る複雑で面倒な仕組みを必要としない。中央銀行のコンピューター操作ひとつで、あっという間に世の中に出回るすべてのお金にマイナス金利を課せるようになる。

 これはいわば「現金税」のようなものではないか。本来増税には厳しい政治プロセスが必要だ。政府が国民を説得し国会でもまれ、その末に初めて受容される。数兆円規模の増税を掲げて倒れた政権はいくつもある。問題はあってもそれが民主主義だ。

 一方、日銀はこの8年、黒田東彦総裁らわずか9人の政策決定会合メンバーだけで数百兆円にのぼる国債購入、数十兆円の株の買い支えをあっさり決め、実施した。

 日銀がデジタル円にマイナス金利をかけると明言しているわけではない。ただデジタル円を導入すれば日銀は選択権を手に入れる。政権に寄り添い目先の景気のために何でもありで突き進む日銀に、これ以上の巨大パワーを与えていいものだろうか。