つないだ、走った 聖火リレー、群馬県内でスタート

古源盛一、張春穎、柳沼広幸、松田果穂、中村瞬
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 コロナ禍の影響で1年延期された東京五輪聖火リレーが30日、群馬県内でも始まり、館林市のつつじが岡公園から出発した。2日間で173人のランナーが15市町村をめぐり、聖火をつなぐ。沿道からはマスク姿の人たちが拍手を送り、ランナーたちを後押しした。(古源盛一、張春穎、柳沼広幸、松田果穂、中村瞬)

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 スタートの群馬県館林市のつつじが岡公園では出発式があり、地元バレエ団が日本遺産「里沼」を題材にした創作バレエを披露してランナーたちを出迎えた。感染対策のため、一般客の入場は事前抽選の当選者100人に限定した。

 最初のランナーはエッセイストの見城美枝子さん(75)。ランタンからトーチに火が移されると、小中学生のサポートランナー18人とともに城沼沿いの桜を見ながらゆっくり走った。

 同市の荒木さなえさん(45)は2人の子どもと聖火の受け渡し地点付近で知人のサポートランナーを応援した。「みんなニコニコしていて華やかでした」

 ただ、一時的に観客が押し寄せてスタッフが注意を促す一幕も。「広い公園なので、すぐに距離をとれたけれど、公道沿いでランナーを見るのは少し不安かも」

 沿道に大勢の人が詰めかけ、スマートフォンでランナーを撮影する場面も目立った。第2区間の出発地となった大泉町役場では警察官やスタッフが「密にならないようお気をつけ下さい」と呼びかけていた。前橋市の県庁前付近の沿道でもランナーを追いかけようとする観客らが「走らないで」「その場にとどまって」と制止された。

 初日のゴール地点の前橋公園(前橋市大手町3丁目)に聖火が到着したのは午後7時40分過ぎ。最終走者は、1956年コルティナダンペッツォ冬季五輪の男子スキー回転銀メダリストで、国際オリンピック委員会(IOC)委員や副会長を歴任した猪谷千春さん(89)。右手にトーチを持ち、左手を振りながら聖火を届けた。「幼少時、赤城山のスキー場で技を磨き、銀メダルを取ることができた。(故郷での聖火ランナーは)光栄であり、うれしい」と話した。

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 「みんなへの感謝があって成長できたと伝えたい」

 群馬県立渋川工高教諭の岩崎一芳さん(54)=前橋市荒牧町=は、教え子たちが見守る中、車いすで大泉町内を走り抜けた。教職とラグビー部顧問。感謝を力に変えて夢を実現してきた。

 前橋高のラガーマンだった。速さや力など各自の持ち味を一つにし、パスをつないでトライをめざす姿に魅せられた。しかし、進学先の新潟大1年の定期戦で首を骨折し、下半身が不自由に。1年ほど入院した。

 前向きにしたのは仲間たちだった。けがから1年後の定期戦で惜敗した先輩が「すまない」と涙を流し、教育実習では仲間が背負ってくれた。「激励があったから、沈んでいる時間がなかった」と笑顔で振り返る。

 「無理」という声を実力と熱意でこじ開け、1992年に群馬県内で初めて「車いすの先生」に。高校で社会を教え、6年前からは渋川工高で念願のラグビー部顧問に就いた。

 部員数はチームが成立するかどうかの15人前後。ふらふらしがちな部員たちに「宿題は?」「体調は?」と声をかけ、「お前たちのことを先生はあきらめないから」と面倒をみる。コロナ禍で昨秋にやっとできた試合は0―108で大敗。それでも悔し涙を流す部員たちの姿に、何かを伝えられたのでは、と思う。

 仲間、感謝。「これからも手に入れたものを子どもたちに惜しみなく返したい」。ゴール後、教え子たちに声をかけた。「またあした、練習するからな」。沿道に笑顔が広がった。(張春穎)

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 走り終える直前、天を見上げて左手を突き上げた。21歳で天国へ旅立った長男に「頑張って走ったよ」と呼びかけた。

 伊勢崎市の布施佐知子さん(52)は、障害のある子どもたちを放課後や休日に預かる「放課後等デイサービス」(放課後デイ)を運営するNPO法人の代表を務める。難病と闘い続けた長男の圭太さんは3年前、入所していた施設で誤嚥(ごえん)により亡くなった。

 圭太さんの病は「レノックス・ガストー症候群」と呼ばれる難治性のてんかん。幼少時は専門医がいる新潟まで毎月のように通い、17種類の薬を朝と夜に服用した。すぐに転倒し、頭を強打することもしばしば。中学生になると身体機能の低下が目立ち、介助があっても歩行が難しくなった。発熱の頻度が増え、43度の高熱が出たことも。

 圭太さんが小学3年の時、通っていた養護学校の児童を放課後に受け入れる「親の会」の会長に就いた。就任時にNPO法人となり、代表を続けている。「圭太を預かってくれる場所や相談できる人の存在がありがたかった。同じ悩みを持つ親の力になりたい」

 今は、支えられていると感じる。目の前のことを懸命にやり遂げようとする子どもたちの姿を見て、日々励まされている。

 圭太さんがいたから、今もたくさんの出会いがある。聖火ランナーに応募したのは、頑張って走ることで圭太さんに安心してもらいたいとの思いからだ。

 リレーでは、圭太さんの遺骨をあしらったネックレス型のペンダントをつけて走った。「天国で見てくれていたと思います」(中村瞬)