17歳で沖縄戦、南米移住し夫急死…祖母は生き抜いた

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石田博士
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 保育園の先生の話が理解できず、なぜ叱られているか分からない。なぜ生まれた町を離れ、日本で暮らすのかも分からない。

 諸見里みゆきさん(33)の心には、30年ほど前の体験がずっと残っている。

 南米のアルゼンチンで生まれた。両親に連れられて、2歳で横浜市鶴見区に移り住んだ。鶴見に住んだのは、祖母の静子さん(93)ら親族が先に南米から移っていたからだ。

 みゆきさんを、静子さんは繰り返し励ました。

 「努力しなさい。がんばりなさいよ」

 成長するにつれ、自らのルーツが沖縄にあり、南米で生まれたのは静子さんが戦後に一家でボリビアに移住したためだと知った。

 静子さんは、年に一度は沖縄に戻っていた。趣味のカラオケでは、「同期の桜」を歌うたびに涙を流した。

 みゆきさんは理由を詳しくは知らなかった。

 静子さんが、その「理由」を語り始めたのは1年ほど前からだ。「できるだけ忘れよう、忘れようと思ってきたけどね……」

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